僕の勝利の女神様たち

 一体、何が起こってるというんだ! 頼みの綱は僕のよき上司、田中さーん!

アドバイスしてくれるに違いない。そっと顔を見る。


「物販の準備してくっから。鉄、しばらく留守番、しくよろーっ!」


 小声で言い残して、どこかへ行ってしまう。田中さーん、カームバーック!


 あわれにも独り取り残された僕。こうなったらもう、あれしかない。

後ろだ! 後ろを向くしかない。即座に実行する。

ずーっと再会したかった3人の前だというのに。


 そーっとスマホのメール画面を見る。まだ削除してないことにほっとする。

添付された顔写真を見る。女神様たちだ。しかも、勢揃い! 顔がほころぶ。

ニヤニヤする。この2年間、ひとときも忘れることのなかった勝利の女神様。


 名前をチェック。高橋のぞみ・伊駒ひかり・石見こだま。いい名前だ!

年齢をチェック。みんな僕より1つ下。春から高校2年生。よきかな、よきかな!




 背中から声。


「あのー、黒鉄鉄矢さん!」

「これ、いただいてもいいですか?」

「うさちゃん堂のどら焼きですよね」


 それは退職の土産で社長に渡すもの。

今日中に召し上がってほしいものだが、女神様たちに食べられたら困る。

社長に退職のことを有耶無耶にされかねない。絶対に食べさせない!


「どうぞ、どうぞ。みなさんにだったらこの千倍くらいは差し上げますよ!」


 つい、言ってしまう。さっきの脳内シミュレーションが仇となったかーっ!


「なるほど! 千倍って、千日。約3年分ですね。

 社長の言ってた3年後にドーム公演っていう目標の置き換え!」


 置き換え? 知りませんけど……。

3年後にドーム公演って、社長も大ボラを吹いたものだ!

うちの事務所なんて対バン上等で、単独公演だって年に2回だけ。


 それにしても高橋さん。深読みだけど聡明さを感じる。


「でも、いくらうさちゃん堂でも、この千倍ももらったら飽きちゃう」


 でしょうね! 伊駒さんは素直だ。


「そうでしょうか? 48個だから大丈夫ですよ。おやつです!」


 石見さんはガッツリ行くなぁーっ。出会ったときもそうだったけど。


「けど、その分の現金をポンッと渡される方がいいかも!」

「それ、いいーっ!」「それ、いいーっ!」


 でしたかーっ。それが正解でしたかーっ。


「自己投資? 私、アイドルとして成功するよう有効に使いたい!」

「賛成ーっ!」「賛成ーっ!」


 青天の霹靂だった。ここにいるのは……。

アイドルとして成功したい女神様3人と、恩返しのお布施がしたい男1人。

だったら何も迷うことはない。はじめからそうだったんだ!


 自慢じゃないがお金はある。普通の高校生が引くほどある!

あとは有効に使えばいいだけじゃないか!

2年前、女神様との偶然の出会いが、僕をバズらせた。

今度は僕が、女神様たちを成功へと導く。


 でも、僕に何ができる?


「あのー、それより黒鉄鉄矢さん」

「はっ、はい!」


 歯医者さんのときのようにフルネームで呼ばれ、振り向いてしまう。

目と目が合う。高橋さん。東神奈川の日栄軒で出会った。

一緒に穴子天にかじりついたのは、昨日のことのよう。

相変わらずの色白・小顔・お目目ぱっちりの3拍子。

ずーっと思っていた人が目の前にいる。不思議な気分だ。


 胸の鼓動がドキドキする。目先がくらくらする。

でもその出会い、高橋さんは覚えてないだろうし、

僕の活動のことなんか知りもしないだろう……。


「やっぱり! 黒鉄鉄矢さんって、動画配信者ですよね!」


 知っててくれた。うれしー!


「知ってる! 交通系の人。ウチ、前に会ったことあるーっ!」


 今度は伊駒さん。

我孫子の弥生軒で蕎麦ではなくてうどんを頼んだ僕を叱ってくれた人だ。

ほっぺに一発喰らって、僕は目が覚めたら!

腹も立たずにうっとりしてしまったのは昨日のことのよう。


 こちらも変わらずのモデル体型! 育成成功ですなぁ。

しかも出会いを覚えていてくれたオマケ付き! たのしー!


「それなら私、出演したことだってありますよ。

 バックショットだけではあるんですけど」


 いっ、石見さーん! 秋葉原の新田毎でステーキカレーをガッツリ食べてた。

食べっぷりに心をゆさぶられたのは昨日のことのよう。胸のゆれは今のこと!

素敵だ! そして華麗だ! ステーキカレー、土日祝780円だ! おいしー!


 そうですか、そうですか。出演したことまで覚えててくれたんですか。

こんなにうれしいことはない。


「私もよ!」「ウチも!」


 3人の動作が一致する。

助さんか角さんかは知らないが、印籠を見せつけるように僕にスマホを見せる。

揃いも揃った『東京近郊大回りの駅中グルメ旅は◯◯だった』の上・中・下。

偶然バズった3部作。これはもう、運命としか言えない!


「ははーっ。その節は、どうもありがとうございました!」

 

 つい、大声を出し、深々と頭を下げる。

とりあえず、お礼だけは言えた。

________________________

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

明日から毎日投稿いたします。

よろしくお願いします!

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