【悲報】47都道府県を最速で巡る日本一周旅行にデビュー前のアイドルユニットのメンバーと行ったら、◯◯だった!

世界三大〇〇

僕はバイトを辞めたい!

はじまりはいつも偶然

 僕こと黒鉄鉄矢は、バイトに勤しむ傍ら交通系の動画配信をしている高校生。

今日、3月15日。来月で18歳になる僕は約2年間勤めたバイトを辞める。

心残りがないわけじゃないが、本格的に動画配信に足を踏み入れるためだ。


 バイト先の拠点は新橋の雑居ビルの中。

1番お世話になった田中さんの好物を土産に、シフトより早く出向く。

そーっと、確認。アイツはいない。よしっ! 元気よく事務所に入る。


「おはようございます。田中さん、社長はいらっしゃいますか?」


 田中さんが唇に人差し指をあてる。しまった、裏目ったか。田中さんが小声。


「鉄、おはよう。社長なら外出中だよ」


 あぁ、そうか。今日はあの子、この部屋にいるんだ……。




 この2年間、社長が外出してるなんてこと、1度もなかった。

僕のバイト先は小さな芸能事務所。6組のアイドルユニットを運営している。

アイドルというと華やかなイメージがあるけど、みんなはいわゆる地下。

向上心や根性はそこそこで、基本はただ目立ちたいだけの愛すべきクズ。


 土産をテーブルに置く。静かに腰掛ける。小声で言う。


「へぇーっ、珍しいですね……」


 2年間、僕のよき上司だった田中さん。今日が僕の最終日なのを知っている。

僕の気持ちを理解してか、声をかけてくれる。小声ではあるが。


「社長に、他意はないと思うよ。偶然が重なったんだろう」


 田中さんの言う、偶然という言葉が妙に心に引っかかる。

思えば僕がここでバイトをはじめたのも偶然、動画配信でバズったのも偶然だ。


 バズりは『東京近郊大回りの駅中グルメ旅は◯◯だった』から。

大回りとは、重複乗車と途中下車さえしなければ、区間内はどこを通っても

最短経路で移動したときの運賃で精算できるという特例のこと。


 まだ無名の駆け出し配信者だった僕の当時の予算は動画1本で数百円。

交通費を極限まで抑えることのできる大回りはコスパ最強!


 だけど結論にあたる◯◯の部分は行き当たりばったりの出たとこ勝負。

そこで偶然出会った3人の美少女が、動画出演にOKしてくれた。

バックショットだけだったけど、それだけで美少女と分かる3人。

それでバズった。


 3人は、僕の勝利の女神様だ。


 もし偶然、女神様たちに出会わなかったら……。

配信者として成功し、今日、バイトを辞めることもなかっただろう。

むしろ、配信者を辞めてここのバイト1本に絞っていたまである。




 手持ち無沙汰な僕は、あるはずのない再会後を脳内シミュレーションした。

女神様たちには相応のお礼をしたい。


(相応って、幾らくらいだろう? 3人で年収の半分ってところかな……)


 頭の中でそろばんを弾く。今日の土産のざっと千倍は買える金額だ。

でも、いきなり現金をポンッと渡すのはあまりにも失礼だろう。


 もし偶然……女神様たちに再会したとき、僕はどうすればいい?

新幹線はやぶさ号のグランクラス乗車券をプレゼント!

近鉄ひのとりの方が、情緒があっていいかもしれない。

あるいは、豪華な船内泊の旅なんかもありだろうか。

まぁ、偶然、再会すればのはなしだけど。




 ——ジー、ジー、ジー、ジー


 スマホが鳴る。画面をチェック。社長からだ。


「おはようございます。社長。今まで……」

「……鉄だね。早速だが仕事だ。忙しくなるぞ!」


 感謝の気持ちを伝えたいのに、社長は人のはなしを最後まで聞かない。

興奮してる証拠だ。大型案件だろうか!

ま、僕には関係ないが、社長とも今日までと考えると、ちょっと淋しい。


「そんなときに抜け……」

「……3月23日の午前9時までに全員連れてこっち来い!」


 思い出した! 

社長は興奮すると人のはなしを最後まで聞かないどころか、

いつだって最初から人のはなしを聞いてない人だった!


 連れてって、誰を? こっちって、どこ? 何のため? それより僕は……。


「今日で……」


 バイトを辞める。

明日からの1週間、僕は47都道府県を巡る取材旅行に出る。名付けて、

【挑戦企画】47都道府県を最速で巡る日本一周旅行をしたら、◯◯だった!


 3ヶ月も前から決めて、この企画の準備をしてきた。予告済みだ!

どんなことがあっても、絶対にバイトは今日で辞める!

これは偶然でも何でもなく、僕の意思で決めたことだ!


「……兎に角、みんなもう直ぐそっちに集まるから、面通ししとけよ。

 あとは期日までに鍛えられるだけ鍛えてくれればOK。

 細かいことは送っとくから、しくよろーっ! 期待してっからよ!」


 ——ガチャッ、ツー、ツー、ツー、ツー


 ツッコむ間もなく、一方的に切られた。直ぐに掛け直したが出てくれない。

バイトの後継だろうか。みんなって、誰? 鍛えるって、どうすればいい? 

僕に育成できるわけない。バイトは今日でおしまい、明日から旅に出るのに!


 と、メールが着信。社長からだ。

件名には『3人の略歴と顔写真』とある。やっぱり後継?

冗談じゃない、今から育成したって間に合わない。

ライブの運営やアイドルさんのお世話は、生半可に務まるもんじゃない。


 メールを確認せず削除しようとしたとき、ドアをノックする音が聞こえる。


 ——コンッ、コンッ、コンッ


 そして、ドアを開けて入ってくる3人に、目を見張った。


「こん……あっ、おはようございます」

「こちらは山手プロダクションですよね」

「敏腕の担当プロデューサー、黒鉄鉄矢さんはいらっしゃいますか?」


 敏腕? 担当? プロデューサー?

そんなの聞いてない。僕はバイトだし、今日、辞めるんだ。

だから「黒鉄……鉄矢は……僕で……すが……」と、返事するのが精一杯で、

目を合わすことができなかった。3人の、勝利の女神様たちと。


________________________

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

【お知らせ】新作につき、本日は連投いたします。

第2話は本日の18時19分を予定しています。

よろしくお願いいたします。(8月15日 世界三大◯◯)

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