第5話 暗と愛
その日は手を繋ぐだけで終わった。少しづつ距離を縮めていくタイプなのかもしれない。なにしろこうして誘ってくれる。
次は何をするのだろうと枕に赤くなった顔を押し付けた。
まるで小学生のようだ。美咲はもう二十九歳だが今までの青春を取り戻したかのようにはしゃいだ。
メールも何気ない挨拶だけだが毎日するようになった。
「明日、どうかな?」と誘われたが、その日は渋谷が美咲を抱きに来る日だ。
「急に生理がきちゃって日にち変えて」と渋谷に連絡を入れた。
「この前きたばかりじゃないか。仕方ないけど。一週間後行くからね」渋谷は何か
含みを持っているかのように返事をしてきた。
もちろん大丈夫です、と川辺に送る。
やはり待ち合わせ場所と時間は同じだ。
その日の川辺に笑顔はなく、暗い表情をしていた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと落ち着ける場所ないかな?」有り得ないとは思うが、空いているラブホテルに入った。
部屋は風俗時代を思い出すような作りと香り。
とにかく川辺を座らせ、慣れた手つきでコーヒーを淹れる。川辺は煙草を一本取り出し火を着けた。
燻るコーヒーと煙草の煙。固い表情の川辺。
美咲は川辺が話すのを静かに待った。
「シャワー浴びる?」と言われ驚いた。まさかだろう。
「浴びてきたばかりです…」気恥ずかしさから寒いかのように両腕を摩る。
「じゃ、俺入っちゃうから」と言いバスルームに入っていく。
美咲は初めて行為をする前に腕立て伏せをする男の気持ちがわかった。
落ち着かない。何度もぐるぐると部屋を往復した。
川辺が上がってくるような音が聞こえ、ソファーに腰を下ろす。
「お待たせ。こっちにおいで」濡れた髪のガウンを着た川辺は、尚一層魅力的に見えた。
静かに美咲を寝かせ、服を脱がしていく。
熱いキスを交わしてきた。唇が心地良く柔らかい。こんなに優しいキスは初めてだ。
夢中で川辺を感じ、夜も更けていく。気が付けば生まれたままの姿で抱き合っていた。
夢のようだ。美咲は今死んでも構わないとさえ思えた。
「あのさ、実は会社でミスってしまってね、お客様の金を紛失したんだ。だからもう逢えないかもしれない」表情に陰りがある。
そんな小さな事で川辺を手放したくない。
「いくらですか?」手を強く握る。
「一千万円だよ。そんな大金なんて無くてさ。会社もクビだろうしね」
「それくらい私が払います。」今は川辺の立場が優先だろう。
「本当に?助けてくれるの?」川辺は美咲を見て安堵の表情になった。
「すぐに用意するので、いつでも大丈夫です」美咲も頼られるのが嬉しい。
「ありがとう。本当にありがとう」ともう一度抱かれた。
川辺と別れて、翌日になり美咲はすぐに銀行へ行き金をおろしに行く。
額が額なだけに用途を聞かれたが「海外旅行に行くの。私の金なんだから早くしなさい」と一喝し用意させた。
バッグに無造作に金を入れ、川辺を呼び出したら仕事の途中だったようで、汗をハンカチで抑えながら走って訪れた。金をバッグごと渡す。
「本当に大丈夫?いつ返せるかわからないよ?」
「いいんです。まずはひとつひとつ片付けていきましょう」美咲は強い目をして言う。
人目も
ふと愛してる、と思い涙が零れ落ちそうになった。
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