/// 26.執事エイルという悪魔

指名依頼で赤い盾の面々より先にオリベイル家に呼び出しをくらったサイコは、この世界で必要な一般教養からマナーなどを1日かけてぎっちりと詰め込み教育を施され、くたくたになりながら眠りについた。


どうしてこうなった・・・




重い眼をこすり早朝に目を開ける。疲れは残っていない。この世界の人間は100%、覚醒済みなのであれだけやっても特に回復魔法やらなにやらも一切使わずとも、一晩寝れば全回復!というのが当たり前らしい。それでいて休日もきちんと設けられているようだし、ホワイトな世の中ですなー。とそんなことを考えながら体を起こすと、すぐに声がかけらられる。


「おはようございます。サイコ様」


心臓にわるい・・・貴族様にお呼ばれと、こんな時間からメイドさんが常に待機していて何かしらもやってくれるのだろうか。手早く寝間着を脱がせて自前の普段着へと変えられる。本当は「いやいや自分でできますから!」きっぱりと拒否したいところだが、それは無駄な時間い終わることを昨日実感したので無抵抗のままその身をメイドたちにゆだねる。


昨日もお風呂前に強制脱衣を実行され、それを強く断ったのだが「それではお暇を出されてしまいます。私達の生活を台無しにするおつもりでしょうか?」と言われ衣服を手早く脱がされていく。「大体あなたのような子供の裸体を見たところで何も感じません。メイドですから!」と鼻で笑われ「ですが形状などはお嬢様に報告をさせていたしますが・・・」と不吉なことを言う。くやしさ紛れに思わず二人に鑑定をかけ・・・ようとしたのだが・・・


気づけばがっしりとアイアンクローのように目を覆われ「女性を視(み)るとは感心しませんね・・・私はニーナ。お見知りおきを」そしてとなりから「ヌールベルっす。よろしくするっす。さっさと脱ぐっす洗うっす」ともう一人のメイドからも自己紹介される。非常識な自己紹介タイムである。結局そのまますべて脱がされ、全身くまなく洗いあげられてしまった。なにより逆らおうにも力が強すぎる。一応振り払おうと力を込めたが、まったく抵抗ができないとか、やばすぎないか?と思ったほどだ。


・・・ということで今もやられるがままに着替えから歯磨き、洗顔などが終わると食堂まで連行された。そこにはすでに食事中のカトレアお嬢様と、後ろに控える執事エイルがいた。メイドさんに促され、カトレアお嬢様の向かいに座らせられる。


「おはようサイコ!よく眠れた?」


「あっ、はい。ぐっすりと」


「それならよかったわ!さっ、サイコも早く食べなさい!今日も忙しいわよ!」


そんなお嬢様の言葉に「はあ」と間抜けな返事をするが、嫌な予感がしてならない。とはいってもお嬢様の行動を止めることなどできないサイコは、目の前に運ばれてきた豪華な食事を口にするが、あまり味を感じなくなっていたのはきっと心が死んでいたからだと思う。


「じゃあ早速!中庭に行くわよ!」


食事を終えて「ふぅ」とため息をつくと、すぐにカトレアお嬢様が窓から見える庭を指さしてエイルを引き連れて移動していく。お嬢様はサイコの返事を待つ必要はないのだ。抗いようのない言葉にしかたなく従い、席を立つと足早に二人の後を追う。


「じゃあ今日はエイルが相手して上げるって。強くなりたいんでしょ!」


中庭につくと端っこにある豪華な椅子にすわってそう口走るお嬢様と、「ふぉおっふぉっふぉ」と笑いながら後ろ手に手を組んで立っているエイル。サイコはその立ち姿を見ただけで冷や汗が止まらなかった。さっきからパッシブスキルの危険察知が、がんがんと警鐘を叩きならしているからである。


「全力できてくださいね。じゃないとつい・・・手加減を間違えてしまうかもしれません・・・」


笑顔でそう言うエイルの声に、思わず全力で光刃(こうが)を発動させ、並行処理など持てる全てを使い切りかかった。そうしないと人生が終わる気がしたからだ。そしてその一太刀は難なくかわされる。それでも震える気持ちをおさえ、何度も切りかかる。実際には2~3分だったであろう。が、サイコにとっては数時間ぐらいの長い時間に思えて、そして気持ちが途切れた時、両手を前について膝を折った。はあはあと呼吸が乱れ、全身から嫌な汗が噴き出ていた。


「サイコ様は・・・いえ、渡り人の方々は、なぜ強さにこだわるんでしょうか?」


「つ・・・強さを求めては・・・いけないのでしょうか・・・」


エイルの問いに、潰れそうな心を奮い立たせてなんとか答えるサイコ。


「サイコ様は他の渡り人とは違い、特に必死で強くなろうとしております。異常なぐらいに・・・この世には、購(あがな)えないものなどいくらでもあるというのに・・・」


「それでも・・・それでもいつかは・・・超えられる時がくるかもしれない・・・」


「サイコ様、私を見てみますか?」


そういうとエイルは指輪を外す。鑑定しろということなのだろう。そこには依然見たエイルの恐ろしいステータスが見て取れる。


エイル

種族 人族 / 年齢 57 / 性別 ♂

LV 627m

力 7328

守 1589

知 6921

速 8259

スキル 詳細 肉体強化 魔力増強 魔力操作 亜空間 暗殺 諜報 俊足 危険察知 隠密

魔法 火 水 風 土 光 闇 精霊


しかしふと思う。なぜ詳細鑑定しているのに熟練度がでてこないのか・・・そう思っていると、エイルはさらにもう一つ、袖を少しまくるとブレスレットをかちりと外した・・・そして目の前のステータスの表示が変化する。


エイル

種族 竜人族 / 年齢 128 / 性別 ♂

LV 2549m

力 22046

守 8394

知 17291

速 29648

スキル 詳細鑑定(999) 肉体強化(999999) 魔力の神髄(999999) 亜空間(999999) 神足(999999) 完全耐性 死神の手(999999) 竜化 黒炎(こくえん)(999999)

魔法 神術(999999)

加護 雷神の加護

称号 見えざる死神


なんというステータス・・・そして目の前からは圧倒的なプレッシャー・・・そしてそのままサイコの意識は途切れた・・・





サイコは意識を取り戻し目を開ける。気づけば柔らかなベットの上。どうやら誰かが運んでくれたようだ。恐ろしいものを見てしまった。そんなことを思いため息をつく。


「お目覚めですかな」


心臓が止まるような気がした。


恐る恐る声の方を見ると、すでに威圧感が消えた執事としてのエイルが後ろに手を組んで立っていた。


「刺激がつよすぎましたかな?」


「あ・・・そうですね・・・カトレアお嬢様は大丈夫だったのでしょうか・・・」


覚醒したての頭だが、ふいにそんなことが心配になって口にする。


「大丈夫ですよ。殺気を飛ばしたのはサイコ様だけにですから・・・」


その言葉には苦笑いをするしかなかった。


「私は、これでも最上級の冒険者としてやってきました。ですがまだ100年ちょっとしか生きていない竜人です・・・私よりも長く生き、強い方々もごろごろいるんですよ。私のように偽装の魔道具を使い強さを隠して。騎士や冒険者などには特に多い。この世界ではそれが普通なんです・・・」


そのエイルの言葉に、いい加減この世界が嫌になる。こんな化け物という言葉で表現していいのかさえ分からない相手よりまだ強いやつがごろごろ・・・


「強さで言えば、サイコ様はもうアレク様達、赤い盾の皆様より強いでしょう?赤い盾の皆様だって中堅冒険者としてイーストでは名が知られており、無理のない安定した生活ができている世界なのです。なぜそこまで必死なのか私にはわかりかねます」


しばしの沈黙が続く。


「・・・私のいた世界では・・・魔物や魔法といった概念が存在しない世界なんです。魔力もないし獣人さんのような方もいません。こういった世界は空想の世界で、転生や転移といった物語の中でこういった世界に行って強い力に目覚めたり、前の世界の科学といった文明の力で成り上がっていく物語も多いんです・・・」


ゆっくりと話し始めたサイコの言葉に、うんうんと相槌をうちながら聞いているエイル。


「私は、前の世界では仕事も運動もすべて完璧にこなしてきました。1代でその世界で一番の会社を作り上げ、最後は孫多数に囲まれて幸せな最期を迎えました・・・そして目の前に女神が現れて・・・この若い体で、高い能力をすべて貰えるといわれ、新たな人生は好きに楽しもうと思ってこの世界に落とされました・・・でもこの結果がこんな・・・」


「この世界でゆっくりと何不自由なく生活する・・・ではダメなんでしょうか・・・」


サイコは首を横に振って否定する。


「確かにそれもいいかもしれないですね・・・でも・・・私は人を嘲笑うようにこの世界に落とした女神に・・・せめて一言文句を言わなきゃ、やってられないんですよ・・・」


最後は気の抜けた弱々しい口調、おおよそ叶わないであろう願望をため息交じりで口にする。


「それがサイコ様の・・・原動力ということですか。ではひとつ・・・希望になるかはわかりませんが、遺跡の最深部・・・そこには女神へとつながる道がある・・・という噂があります。もちろん酒の席でのネタのようなものですがね・・・誰も成し遂げていません。成し遂げる気もないのですよ。この世界の人々はそういった、『夢』とか『理想』とか、あまり考えない、平和な世界ですから」


噂か・・・エイルの言葉にあきらめの気持ちが強い。が、本当にいずれは強くなって女神に文句を・・・あばよくば一発殴ってやろうとさえ思っているサイコは、今後の目標を遺跡の最深部ということにして絶対に強くならなきゃならない、と無理やりに理由を作った。これでまた、がむしゃらに努力ができる。続けられる!一度エイルに折られた心は少しではあるが、新たな目標に向かって燃え始めていた。というところで『バンッ』と大きな音で部屋のドアが開けられたことで、サイコはびくりとしながらドアの方を見る。


「サイコが目を覚ましたと聞いたわ!」


カトレアお嬢様である。


「やっと目が覚めたようね!エイルに睨まれて気絶するなんてだらしがないのね!でもよかったわ!」


ほほを掻きながら「心配かけました」と一応はお詫びの言葉を口にするサイコに「まあいいわ」と返答するお嬢様。


「サイコ様が気を失われた際は随分と取り乱されて『やり過ぎよエイル!どういうこと?死んでないわよね?早く医務室に運んで!』とおっしゃっておりましたが」


「よけいなことは言わなくていいわ!私はただ客人が死んだとあれば、私の輝かしい未来に傷がつくと思っただけよ!!!」


そういってエイルを睨みつける。


ほほは少し赤くなっているのがなんとも子供らしくてほっこりする。しかしエイルさんはモノマネもうまいな!そう言ったスキルはなかったようだが、もしかしてさらに隠してるスキルなんかもあるのでは・・・とそんな阿保らしいことを思っていたサイコに天罰が下るのは当然のことであった。


「じゃあもう続きはできるのね?さっさと行くわよ!」


何をいっているのかわからない・・・そんな気持ちではあったがおとなしく中庭へ戻り、再度エイルと対面する。


どうしてこうなった・・・



+ニーナ

種族 人族 / 年齢 26 / 性別 ♀

冷静沈着なオリベイル家のメイド


+ヌールベル

種族 人族 / 年齢 21 / 性別 ♀

「これでもメイドっす」オリベイル家のお調子者なメイド

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