第6話 ティンカー・ベルにて、二度

「「ごめんなさい」」翌日二人は会った瞬間、同時に頭を下げた。

 菊池がニヤニヤしながら二人の方を見ている。

 「咲耶ぁ、今日もハラスメント案件か?これは問題上司だねえ」

 「菊池さんは黙ってて。話をややこしくしないで。そのまま早く作業の準備を。ここの反対側から足場を組むようにしてください」

 「屋島の事になるとやけにムキになるねぇ」

 「菊池さんが屋島さんの事をやけに掘っているだけです」

 やれやれ、のジェスチャーをしながらも菊池は素直に去っていった。


 「……詳しい話は、業務後ね」

 「えぇ、場所は同じで構いませんか?」

「わかった。それに、元々あそこでしか話せない話だったわけだからさ。」


 夜、ティンカー・ベルにて。私は屋島さんに向かって言った。

 「改めて、昨日はごめんなさい」

 「こちらこそ、ごめんなさい」

 今日は昨日みたいに目立ちたくなくて奥の席に座った。私は壁の方を向いているから他の客と視線を合わせる事はなかったけれど、昼以上にあちこちから好奇の視線で刺されているのを感じる。


 「それで、屋島さん。昨日の続きなんですけど」

 「はい……」

 「一目惚れしたのが本当だったとして。その後私と話そうとか、チリとはやっぱり別れようとかそういう話には屋島さんの中ではならなかったんだ」

 「なりませんでした。普通の人ならそういう選択をしたかもしれません。けれども僕は大人にはなれないヒトです。そんな僕を選んでくれたチリを裏切る事はできませんでした。そこは僕の中では変わってないんです」

 大人にはなれないヒトとは──パートナーがいるのであれば、理由は遺伝子検査だ。

 「遺伝子検査不適格って事だよね。失礼だけど、屋島さんはどういう病気持ちだったの?」

 「僕は、テロメア不適合なんです」

 ──テロメア延長手術を受けることが出来ない。ただそれだけの──産業革命後に定義づけられた遺伝病だ。そういう事だったんだ、と私は心のなかでつぶやいた。


 「はぁ……やっぱり私の思い込みだったのか……。屋島さんには本当に申し訳ない事しちゃったな……」

 「いえ、僕がいくら本当のことでも、順序を考えずに喋ってしまったのがいけないんです。あれじゃパートナーになってくれと言っているようなものだと、咲耶さんに叩かれてから思いました」

 

 「チリは、一生大人になれない僕と大人になっても一緒に居るために、僕の育児に関する特別申請を出したんです。パートナー制の話は、僕はその時に聞かされました」

 「……特別申請って? そういうのがあるっていうのも初耳」私は尋ねた。

 「咲耶さんもそうだと思うんですが、僕たちは基本的に親元を離れて育てられましたよね。特別申請は、自分の子供を自分で育てられる権利のことです。」

 「そんな権利があるなら、私だって行使したいんだけど」

 「そうなんです。これもパートナー制と一緒で子供には知らされていませんから。これは──長く生きられないヒトへの福祉制度らしいので……。僕たちが30になったらチリは大人になって、僕たちの子供を作る。僕は子供のまま、自分の子供を自分で育てられる。チリは大人になった僕の子供と長い時を生きる。そんな幸せな夢を描いていました」

 屋島はモスコミュールに口をつけた。

 「けれども、もうそれは叶わないんです。だから──」屋島は私のことを見つめて口をつぐんだ。私は大きな奥二重の中の、灰色の瞳に吸い込まれるような気持ちになった。思わず目をそらすと、シャツの間からわずかに見える鎖骨が筋力を主張していた。組んだ指がわずかに擦られ、鼻の前で祈るように合わせられた。手の甲には血管が浮いていた。

 「──だから?」逃げ出したい気持ちを抑えた。最後まで聞こうとここに来る前に決めたじゃないか。でもこれって絶対アレじゃん!!


 「──あなたのパートナー探しのお手伝いをさせて欲しいんです!」


「…………だから、なんでそうなるのよ!!」

 咲耶はティンカー・ベル中にその存在を、全く望んでいなかったにも関わらず2日連続で示してしまった。

 何故か知らないヒトから拍手された。完全に見世物だ。私は、周りに顔を覚えられる前に今すぐにでもここを出たかった。そして、それは完全に手遅れであることを悟った。

  屋島は同じポーズで真面目な顔をしてつづけた。

 「それがチリからあなたを奪い、あなたからチリを奪った僕に出来る、僕の唯一の罪滅ぼしだからです」

 拍手をしていた中のひとりである、隣の客にジンベースのカクテルを奢られた。私はそれをすぐに飲んだが普段分かるはずの味がわからない。

私はしばらく矢島の申し出を受け入れることも断ることもできずに、ただマドラーを回し続けた。

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