第5話 10%
わたしは2人分の会計をして店を飛び出した。あいつに少しだって借りを作りたくなかった。気分は最悪だ。
親友が離れたのは私が軽蔑すると思ってたから。親友の彼氏がわたしに本音を言わなかったのはわたしに一目惚れしたから。何もかも、ちっとも意味が分からなかった。
わたしは確かに同級生なんて子供っぽいと言ってたけど、親友の言葉を受け入れられないほど馬鹿じゃない。
チリは自分の顔が良くないこと、特に、今どき珍しくなった細い目を気にしていた。そんなこと気にしなくていいのにと思ってた。楽しい時も辛い時もふっくらとした笑顔で、優しくて、頑張りやさんのチリの事が好きだった。それなのに、私がチリを受け入れられないとチリに思われてた。親友にその事で気遣われてた事が今はとても悔しかった。
あいつの余計な正義感がなかったら、私はまだチリと親友で居られたのかな。しかも、あの男は結局顔なのか。チリの「あなたの幸せを願ってる」って話だって、聡いあの子のことだから、もしかしたらあの男の本当の気持ちに気づいていたのかもしれない。10年前の事、夢で何度もみた風景がわたしの中からあふれてくる。私は何も分かってなかったんだ。私のアイラインは溶けていた。
「待ってください!」屋島が後から追いついたが、一切屋島には目を合わせなかった。
「下手な告白の返事はそういうことですから。なんなら今日わたしが叩いたことだって告発すればいいんじゃないですか? どのみち3年間頑張ったってパートナーは出来なかったんだから。私は大人になれなくなりますけど、30ヶ月が27ヶ月と少しになっただけ。期間で見たら10%未満しか変わらない。ああでも仕事はちゃんとしてくださいね、迷惑だし私の代わりになる人も調整する時間が必要ですからね!」
「…………わかりました。本当に申し訳ありませんでした」
咲耶は自家用船を家へ飛ばした。屋島はそれ以上は追ってこなかった。
家へ帰ると、「ママ」が「おかえり」と言った。
中枢ロボットは仕えるヒトの不調を感知している。つまり、向こうからの挨拶はカウンセリングの開始の合図でもある。私は「ただいま」と小さい声で言うと、いつも通りにメイクを落とし、保湿をして部屋着に着替えた。
「咲耶、随分と辛そうにしてる。今日は一体何があったの?」
咲耶は今日の出来事をママに話した。ただし平手打ちの話は、怒って席を立ったことにした。
「そうだったのね、お話してくれてありがとう。辛かったでしょう」
「辛いし腹が立つよ。私って昔から変なやつに好かれるけど、なんなんだろうね」
「そんなヒトばかりじゃなかったと思うけど……ところで咲耶は……これは一般論としてだけど、ある人の言ってる事ではなくて、行動している事がその人の本当の姿だと思う?」
「思う。言うだけなら誰でも出来る。それこそ私だって」
「それなら、その人は咲耶に一目惚れしたと言っていたけれど、本当に咲耶とお付き合いしようとしてたのかしら?」
「絶対そうだよ。最後の3ヶ月だから、わたしに告白したんだよ。チリの気持ちを利用して。しかもあんな場所で」
「そうなのね。じゃあ、わたしからは一つだけ。もし私が屋島さんなら、チリさんの事は伏せておきます」
「そうなの!?」わたしは突拍子もない声を上げた。
「ふふ、咲耶は本当に面白いのね」ママは笑い声を出し続けた。
「だってあなた、何も知らないときからきっと彼の事気になってたでしょう?」
「いや、絶対にそこまでじゃないし」
「まぁいいわ。とにかく、彼の目的が咲耶と付き合うことだったとしたら、彼には波風を立てない方が有利な理由がある。それこそチリさんの話だって、お付き合いした後に言えばいいだけのことだわ。」
「私には、ただ言い方が下手なやつにしか思えないけど……」
「彼は職場でも他の方と爽やかにお話されてたんでしょう?保護システムのない場所に連れて行ったのに何もしなかった、わたしはこの事が大事だと思うけどな」
「それは……そうなのかな……」
咲耶がベッドからお詫びの連絡を(非同期処理で)入れたのは、寝床についてすぐだった。
──今日はごめんなさい。色々な事を聞きすぎて、受け止めきれず冷静でなかったところがありました。わたしはチリの事を利用してあなたが私に近づいてきたと思い怒ってしまいました。家に帰ってよくよく考えてみると、あなたの言葉を途中で遮った上に、勝手に怒ってしまったのは私の方でした。とても申し訳なく、また自分のことを恥ずかしく思います。
あなたの本意がどうあれ私のしたことは取り返しがつかないので、通報システムの件は屋島さんの思いに任せます。もしよろしければ、明日直接謝らせてください。
幸いにも、送信後すぐに返事は帰ってきた。
──わかりました。僕は僕の勝手であなたを傷つけてしまったと感じています。こちらこそ、どうか謝らせてください。僕のことは大丈夫ですから、どうか今日はゆっくりとお休みください。
まどろみながら、安心した、と咲耶はつぶやいた。
同時に、自分に惚れたと言ってきた相手を叩ける傲慢な自分がちくちくと痛んだ。
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