第4話 屋島とチリ
二人がティンカー・ベルに来てから遡ること30分前。事務所内。
「色々聞きたいことがあるんだけど、チリを殺してしまった」って、どういう事?」
私は尋ねた。この国では殺人は死刑となっている。当然彼が本当にチリを殺した犯人であるはずがない。そもそもチリとは卒業後連絡を取っていないのに、こんな形で訃報を聞くことになるだなんて。
「僕はチリと学生時代からずっとお付き合いをしていました。でも僕の為にしたことが原因で、4年前彼女は亡くなりました。……これ以上は、ここでは話せません」
「……自分でも分かってると思うけど、全然説明になってないよ、屋島さん。チリの事を教えてくれたのはありがとう。私もあなたが嘘をついてない事を何となーく感じ取れるぐらいの賢さは持ってるつもりですけど……。それでも何が悪くて謝りたくて、あなたの役割ってなんなのか。私はどうすればいいのか。全部はっきりしてくれないと、なんにも出来ないじゃない」
「そうですよね、すいません。あの、もし咲耶さんがよろしければ、この後僕と一緒にあるお店にいきませんか?そこでなら、具体的にお話できるので。」
「それって見方を変えると元カノの元親友とデートってことになっちゃうけど元だからいいよ、って感じです?」
「…………すいません」
「も~!そこで謝らないでよね。真面目なんだか遊んでるのかハッキリしてよ!わかったわよ、行くから。わたし、シャワー浴びてから行くから、10分後にもう1回集合ね」
「それで、もう1回聞くけど。」
ティンカー・ベルの中程のカウンターで二人は顔を合わせていた。私の注文した、夕方の海をイメージした赤いカクテルは汗をかいていた。
「はい、チリの事ですよね。」屋島は続けた。
「チリは、僕と付き合っていたと言いましたよね」
「それは聞いた。そんな話聞いたことなかったけど」
「チリはその事を隠したがってたんです。」
「どうして?」
「軽蔑されると考えていたからです。他でもないあなたに。」
わたしが唾を飲んだ音が聞こえた気がした。
「……僕はこれを言った瞬間にあなたに叩かれてこの話が終わっても仕方がないと思ってたのもあって、ここにあなたを呼びました。ここは監視技術のほとんどが作用しませんし、周りのお客やスタッフを見て分かる通り、ここではきっと僕が女の子を口説くのに失敗したようにしか見えませんから」
言われた瞬間に右の手首を確認すると、たしかに通報システムはエラーを起こしていた。私だって蛮族じゃないんだから、叩いたりするわけないじゃない。むしろもし屋島が悪意を持ってここに来ていたら……そう思うとゾッとしたが、しかし回りを見渡すと、どの客も男女問わず談笑していた。
この人たちは、怖くないのだろうか。自分を守る手段なしに突然の悪意に晒される事が。
わたしは再び屋島の方を向いた。屋島は少しまぶたを伏せると、また話し始めた。
「実は昔、チリに相談された事があるんです」屋島は続けた。
「サクちゃんは、同い年なんか、子供なんか幼稚だからだめだって思っている。彼氏も年上の人ばかり。屋島くんの事を話して、たった一人の親友のサクちゃんがどこかに行ってしまったらと思うと怖い。そう言っていました。チリに、僕は『そんな事で居なくなるような親友なら、そんなの親友じゃない』って言いました。昔の僕は、今でもそうですけど──正しいことしか言えないぐらい馬鹿だったんです。」
屋島は自分のカクテルに口をつけた後に続けた。
「実は、咲耶さんと会ったのは卒業式の時なんです。チリは僕の知る限りで1番臆病で、1番優しかったから、僕が代わりに言ってやらないといけないと思ったんです。」
「でも、私はあなたに会った覚えがないし、卒業式で最後にチリと話したときはわたしと二人きりだった」
「……そうです。僕は言えなかったんです。結局、僕は咲耶さんに別れを告げたチリに『ありがとう、これからは二人で生きよう』と伝えました。」
屋島は咲耶に目を合わせた後、そっと閉じた。
「けれども、チリも病気で子供を作ることが出来なくなってしまいました。そしてしばらくして、彼女は命を絶ちました。遺言は、『あなたの幸せを願ってる』と。それだけでした」屋島は肉体労働者らしく鍛えられた長く太い指を組み、祈るように固く握りしめた。
──学生時代に読んだ教科書いわく、2507年の現代、人類の知識はヒト独りではまかない切れない程多岐にわたっている。
ヒトの寿命を司ると言われるテロメアは有限で、人類の知識に対してあまりにも短かった。人類の文明が
人類は神様から与えられた寿命からの開放に沸き立ったが、それは依然として超がつくほど貴重な技術であった為、当初は手術を受けられない例外規定が多数設けられていた。
ヒトは第七次産業革命前に比べ殆ど倍の命を得る事ができ、そして肉体的に若返った。一握りの秀才たちが種の勝ち取った生を謳歌し、文明を牽引する社会の始まりである。しかしその一方でほとんどのヒトは、長い寿命により価値がどんどん下がっていった。
価値の下がった一般のヒトは、ロボットの活動することが出来ない環境での労働に適応するよう、高温での耐性をつけるよう進化した。同じ頃にいくつかの国では、すべての希望者が手術を受けられるようになった。
それにも関わらずヒトたちは以前よりも簡単に自分の生命を断つようになり、また子を成さない子供として消えている。子どもたちが少しでも社会に貢献できる大人になりたいと思う、希望のある社会の構築が、私たちヒトの義務である──
けれども、こんなのは正しく子供だましの歴史の話だったと私は知った。社会の本当のシステムは、依然として需要の下がったヒトの供給を少しでも下げるよう構築されている。
なんなら「大人は社会貢献を目指した立派な生物」の様な捉え方も建前で、本当は大人も大いに苦しんでいるのだろう、と思うようになった。
チリもきっと、パートナー制と自分自身の生命の間で何度も迷ったのだろう。
「わたしもチリの『永遠の子供になる』って言葉が嘘なのかもしれないって思ってたんだ。思いたかった、って言ったほうがいいのかな。確かにチリの言葉は嘘だったけど、結局チリも大人にはなれなかったんだね」
わたしは自分自身の残り3ヶ月の絶望的なリミットを想像しながら、屋島に話しかけた。
「屋島さん、チリのこと教えてくれてありがとう。大人になるって難しいよね。」自嘲した後に、思わず屋島の顔をうかがってしまった。屋島さんは怒るだろうか。
「……それを僕に言うのは、だいぶ意地悪ですよ。咲耶さん」屋島は穏やかに、けれどもたしなめるように言った。
「ごめんね、もう私たぶん大人になるの無理だからさ」わたし、また自嘲してる。甘えてる。やめないと。
「大丈夫です。咲耶さんは素敵な人ですから。まだ間に合いますよ。」まっすぐに私を見る屋島さんの視線を
「ありがとう。そういえばさ」咲耶は屋島の言葉の中で、一つだけ疑問に思っている事があった。
「どうして屋島さんは私に言えなかったの?『そんな事で軽蔑するような親友は親友じゃない!』って」
「あなたに嫌われるのが怖いと思ったから」
私には、屋島の言葉の意味が飲み込めなかった。「なんて?」
「僕はあの時、きっとあなたに一目惚れしたんです」
直後、ティンカー・ベルじゅうに響くほどの、屋島の顔を平手打ちする音が聞こえた。
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