第3話 ティンカー・ベル

 屋島やしまの配属が決まったのは──正確には、配属が私たちに知らされたのは、宮島が居なくなった翌日だった。

 宮島が居なくなった初日は菊池さんが文句を言っていたようだが、どうやら予想外の事態にはならなかったらしい。屋島は配属後この現場の完了、つまり3ヶ月後まで居るようだ。


3か月後というのは、ちょうど私の任期と同じだった。


 「本日からうちの現場に配属になった屋島さんです。ご存知かもしれませんが、うちの現場は今人手不足で……屋島さんが来てくれてすごく助かります。早く慣れてもらって、戦力になってくださいね。分からないことがあったら何でも聞いてください。それでは屋島さん、自己紹介をお願いします」

 「はい、屋島といいます。ここに来る前は太平洋海面でビーコン敷設作業をやってました。高層ビル建築は3年ぶりで、特に今回の現場は子供のやる中でも厳しい部類の現場だと聞いていますが頑張ります。よろしくお願いします。」

 普段の職場の無気力具合からは考えられないような拍手が起こった。


 「……というわけだけど、菊池さん?」横目で私は菊池さんを見た。「一体何のことだか分かりませんねぇ」菊池は目をそらして口笛を吹く真似をしていた。

 屋島の身長は百八十五センチぐらいだろうか。短く切られた髪に日焼けした彫りの深い顔、柔らかい笑みは親しみを感じさせた。

 年齢は管理者に与えられたデータにはないが、20代半ばぐらいだろうか。この子は大人になるのに何が必要かもまだ知らないから元気でいられるし、何なら遺伝子検査も有パートナー制度も自然と乗り越えていくんだろうな。

 「咲耶さん、今日の作業が終わったら少しお話したい事があるんですが」屋島は屈託のない笑顔でわたしに話しかけてきた。年下の子を値踏みしている様な自分が恥ずかしくなった。

「もちろんいいですよ。経験者とは言え初日ですから、まずは事故や怪我にだけくれぐれも気をつけて」

 仕事がはじまれば、屋島さんの仕事は早く正確だった。足場の組み方にはセンスが出るし、高身長故の危なさも心配していたが、それは全くの杞憂だった。

 他人の事に口を挟むのが趣味みたいな菊池さんが、そんな彼を放っておくわけがなかった。


 「屋島はさ」

 休憩時間に菊池は早速喋り始めた。まだ汗が額に溜まっている。

 「まだ若いんだろ?俺たちと違って、夢見る少年って感じだわ。」

 「菊池さん、初対面で年齢の話って。それハラスメント通報されても仕方がないですよ。屋島さん構わず通報しちゃってくださいね。責任は私が取りますしちゃんと証言しますから!」咲耶は言った。

 「心配ありがとうございます。だいじょうぶですよ、僕は邪険に扱われることも多いですから。気にしていただいて嬉しいです」

 「お前のこと邪険に扱う所なんてほんとにあるのか?」

 「ありましたよ、たくさん。久しぶりに足場の現場に来ましたけど、やっぱりこういうのが自分に向いてるんだなって思います」

 「そりゃあありがたいねえ。3ヶ月なんて言わないでずっと居てくれていいんだぞ。……それで、どうなんだよ。屋島はさ。永遠の子供じゃなさそうに見えるし、若いんだろ?」 

どうなんですか、屋島さんはさ。


 「菊池さんの言う通り、32歳ですよ」

 32歳か~…………。


 「はぁ!?同い年なの?全然見えない!肌綺麗すぎません!?」咲耶は叫んだ。

 「はい、それハラスメント通報案件だから。屋島、いつでも俺が証人になってやるからなぁ!」

 菊池さんがすかさず言った。私はそろそろと屋島の方を覗き込んだ。屋島は変わらず笑っていた。


 咲耶たちの現場は、順調に遅れを取り戻しつつあった。それに伴って、私の頭の中は昨日殺されたゲームの事で占められつつあった。リスタートはマッチングしやすいタイミングなのだ。だから本当は今日は早めに帰りたい。もちろん一切のミスなく──


 その日、仕事終わりに話しかけたのは、屋島の方からだった。

 屋島は、ふたりきりの事務所でこういった。


 「──咲耶さん、10年ぶりですね」

 「私の方は覚えがないんですけど」

 私は自分のことを10年ぶりと言った、屋島に返した。

 目は離さずに記憶を辿るが、屋島の様な男の記憶はなかった。ちゃんと話をしたなら、今日の存在感から考えても少しは覚えているはず。

 「やっぱり記憶にはないって感じですね。ある意味安心しました……。それじゃあ、質問を変えます。チリのことはまだ、覚えていますか?」

 「──あなた、誰なの?」よりによって学生時代の、それも卒業とともに姿を消した親友の名前を出した男に警戒心が湧き上がる。


 私の警戒心をよそに、屋島は両腕を体の横にピタリとつけて、まっすぐに頭を下げた。

 「僕はあのヒトを──男です。ずっとあなたに謝りたくて、やっと会えた。配属の時にあなたの名前を見た時から、きっと、これが僕に与えられた役割なんだと思ったんです」



 私たちふたりは、仕事を終えた後、屋島の誘いでコンセプトバー「ティンカー・ベル」に居た。

 それは、建設されてから年数が経ち、データベース倉庫として使われなくなった建物を再利用したビルの一角にあった。

 現代は通常の店の内装の殆どがホログラム端末で作り出されています。そんな中で、ここは本物のネオン管や赤カーペット、造形材未使用の本物の木の家具がしつらえらている。そして、ヒトの店員やお客さんもほとんどが「永遠の子供」でロボットは一切いない店なんです。その様に屋島さんが説明してくれた。


 店にいる永遠の子供たちは控えめに言ってガラが悪く、店内はいかにも社会から外れた退廃的な雰囲気になっていた。

 ティンカー・ベルっていうのは、500年前のおとぎ話で「永遠の子供」を導いてくれる妖精なんだと、その様に屋島は説明した。


 「最初のデートにしては随分な所に連れてきたんですね。…………学生のときにもこんな所来たことないんですけど、わたし。」私は人混みをかき分け、室内とは思えないような熱気──恐らく50℃近い──に当てられながら、ここに来るまでの事を思い出していた。

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