第2話 コドモの仕事
その日から、私の生活や知識は完全に書き換えられた。
「ただ耐えればいい」生活から、三年以内にパートナーを見つけなければならない生活へ。「誰にでも与えられる」と思っていた寿命は、その実パートナーの居る大人の特権だったと言う知識が与えられた。それも、相手は子供でなければならない。
そんな事知らされてなかった。全部大人になってから考えればだいじょうぶと思ってた。悔しくてすぐにでもルールを変えてしまいたかったけれど、条件に関しては守秘義務が課されていた。その罰則は命を奪われる事であると聞いて、どこにぶつけることも出来ずにその日は家へ帰り、独りで泣いた。
二十代の頃は、家に帰れば、私が中心の生活がそこにはある。思ってもない事を、目の前の相手の為に気を遣って話す必要もない。そう思ってた。
私の職場の子供たちの中には様々な年齢のヒトがいるし、その三分の二は「永遠の子供」なのだ。そんな同僚・部下たちは生命としての活力に欠けているとしか感じられず、そのくせわがままであった。
休憩時間に冷房の効いた地上近くの部屋に居たとしても、概ね五人ほどいる作業員はほとんどの場合、タバコの煙だけを共有していた。各々の視線は個人端末に向いており、それぞれが思い思いに逃避していた。
それでも必要だから会話でやり取りをする時があるが、生身のヒトの子供、特に永遠の子供との会話は、雑談すら私にとってどうしようもなく苦痛だった。
大人による保護ツールに守られているものの、子どもたちは子どもの間の働きが大人になった後の扱いに影響することを知っていた。(検査を受けたりパートナー制を知った今となってはそれが建前であることがわかるけど)種のために生存を選んだ大人は子供よりも我慢し、人類のためになり、将来のことを考えることを社会から求められているのだ。
多くの子どもたちは自分では何もしないくせに大人に自分の生きる意味を与えられることを望んでいた。少なくとも私にはそう見えた。
二十代の私がルールに従うように言うと、彼らは決まってこう言った。「個人の自由を奪うのか」「機械様の言う通りにしろってか」と。けれどもそこには業務上の合理性も理由もありはしない。私はハラスメント通報をする回数も多かったと思うし、そういう子供はどんどん自分の職場から追い出した。それが正しいと信じていたから。
他人を自分の場所へ、停滞へと引っ張る事が得意な部下たちに自尊心が奪われる。その度に私は自分の遺伝子を未来に残すよりもふさわしい状態があると言う気持ちにさせられた。それが許せなかった。
しかし同時に、どれほど周りの環境を嘆いても、私もまた環境を作っている一員なのだから結局の所彼たちと同じなのかもしれない。私よりも上手くやれるヒトだって当然居るのだろうから……そう思って我慢してきた。けれども、こんな考えは間違いだったのだ。
三十歳から、子供に対する態度が変わったと自分でも思う。大人になり長い命を生きるためには、自分でパートナーを見つけなければいけない──それがこの社会で子供には隠されたルールだ。テクノロジーと機械文明は、より種を残す可能性が高いものを選別していた。
少なくとも私は、外面上は誰に対しても冷たくあしらうことがなくなった。そのうち、相手から返ってくる反応も、根っこの部分で暖かさが感じられるようなものに変わった。菊池さんもその一人だ。菊池さんはもう永遠の子供としては老人の域に達しているが、例え子供だったとしても、無害な相手からであれば優しくされるのは悪くない気持ちなんだなと思った。
十代や二十代の頃は趣味のゲームを通して、何度か好きになった人も居た。
ゲームの中で出会って好きになる人はいつも年上で、私の見た目ばかり気にする同級生や、現実でマッチングする相手よりもずっと魅力的だった。いつも私の中身を見てくれて、キラキラしてて、自分の将来を語る姿が好きだった。私をずっと守ってくれると約束してくれた人もいた。ところが、大抵の場合望みは最後まで叶えられなかった。
その理由は表面上様々だったけど、いつも現実で出会った後に私から別れを告げていた。彼らは1度会うとすぐに束縛してきた。それはほとんど(自慢になるけど、私は結構顔が良い方なので)私への劣等感からだったのだろう。そして、そのうち私が彼らの事を物足りなく感じてしまった。
今連絡先がわかる相手も何人か居た。けれども、大人になる条件を告げられた今となっては彼らと連絡を取っても意味がないことが分かる。パートナーを持っているか、永遠の子供になってしまったのだと知っている。それでも寂しくてそのうちの一人に連絡をとろうとした事もあったが、なんだか負けた気持ちになるのが嫌なので思い留まれた。
そして30歳を超えてからは、ゲームでのマッチングも急に上手くいかなくなった。
単純に年齢条件が30-32と狭いのが悪いのだけれど、パートナー制について知らない子供をパートナーにする事は、仮にどんなに良い人でも嫌悪感があったし、将来価値観が合わなくなるのが怖かった。
二十代の私が今の私を見たら笑うかもしれないな、なんて自嘲を交えながら、誰も居ない事務所で咲耶は大きくため息を付いた。
咲耶は報告端末上で手早く、かつてのピアノ奏者がそうするより手早く、美しくなめらかにジェスチャーし、作業記録を転送した。
今日も進捗に問題はなく、作業員たちのバイタルにも特に異常はない。菊池にはああ言ったが、実際に宮島の作業効率は高く、仮に欠けが出た後に補充がなければ作業進捗に影響するだろう。ただし、それも予定通りの話だ。明後日は予定通り遅れて、次の日には人員の再配置が決まるだろう。
咲耶は一度シャワーを浴び同じデザインの空調作業着に着替えた後に、黙々と明日の作業準備を進めた。端末で資材を選んで発注。個数指差し確認。OK。データを送ると翌日には無人機が現場に送り届けてくれる。現場部材はAIに管理はできない。数少なくなった人間の残された仕事。それを黙々とこなすだけ……。
「私のばかー!材質間違えてるじゃん!」
私の悲鳴が、誰も居ない事務所にこだました。
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