第9話 この花は散る

 「僕は、ゲームは現実で出来ないことをやれるから楽しいんだと思うんです……よっ!」

そう言うと杵柄くんは矢を放ったが、50センチほど右に離れた所に刺さった。私たちは、鹿をペアで狩っていた。

 私はすぐに左へ矢を放つと、そこはちょうど飛びのいた鹿の着地点。見事に仕留める事ができた。


 「お見事です……それにしても、あまり戦闘は得意じゃないって言っていませんでしたっけ?」

 「あはは……そんな事言いましたっけ……。動物たちはパターンが決まってるから覚えれば大丈夫なんですけど、このゲームは対人戦闘もあるので。この前も何でやられたのか分からないうちに死んじゃいました……」

 「なるほど。獲物を狩る瞬間に隙が生まれると言いますし、きっとその時は獲物に集中していたんですね。なんだかその時のこと、想像できる気がします。ただ僕は、咲耶さんはなんでも思い通りにいかない事が好きなんだと思うんですよね。咲耶さんと言うか、本質的には人間皆だと思うんですけど。」


 「賢い話がはじまった」

 「あんまりからかわないでくださいよ。僕たちは現実に空が飛べて、100歳前なら安全に宇宙に行って帰ってくる事ができる。空想の中なら5D・ディスプレイでなんでも叶えられる時代でもあります」

 「それなのに、現実世界でいまだにジェットコースターやスキー、なんて乗り物もありますもんね」

 「そう。それもその証拠だと思います。咲耶さんも賢いですよね」

 「あー! 仕返しされた!」

 「咲耶お姉さんに意地悪されたので」

 「杵柄くんって、お茶目な所もあるのね」

 「そりゃあ初対面から馴れ馴れしくするヒトにろくなやつは居ませんから」

 「なんか安心したな」

 その日は襲撃者に襲われることもなく、1日を終えた。


 その後、私たちは何度かデートを重ねて、正式にパートナーになることとなった。はじめて会ってから、2週間の事だった。期日になれば、私たちは結婚することになるだろう。

 その事を報告すると、屋島さんは、今までにないぐらい喜んでくれた。

 「おめでとう!」と。短い言葉の中に、たくさんの思いが詰まっている気がした。

 私は屋島さんの思いを知っていて、ズルいことをしたのに……。

 「咲耶さん、ここにもう戻って来ちゃだめだよ」というのが、職場以外で屋島さんにかけられた最後の言葉だった。



 その更に3日後、杵柄くんとパートナーとなって最初のゲームでのデートの事だ。

 ゲーム内時間では春を迎える直前だった。この季節は、村の機能を使うことが出来ない襲撃者の印のついてしまったプレイヤーが困窮し、無理をする。その時起こったことを、私は一生忘れないだろう。


 私たちがペアで狩りに出た時、略奪者印のついたプレイヤーが罠に引っかかっていた。外見は初老の男性であったが、獣のように暴れていた。体力だけはあるが、暴れれば暴れるだけ罠は食らいついた。言葉使いから、どうやら中身は若い子供のようだった。

 「へぇ、君はこんな所に村人の落とし物が落ちてるとでも思ったの?」杵柄くんは、普段より低い声で言った。


 罠にかかったプレイヤーは杵柄くんを睨みつけた。

 「殺すなら殺せば!!」

 その言葉でスイッチが入ったように、演説をうつように杵柄くんは言った。

 「だめですよ! ゲームは本気でやるから面白いんです。特に、今の子供は簡単に人生すら諦めて死んでしまう。死ぬことが怖いとも思えないんですよ! 僕はそういう人間ではないけれど、君はきっとそうなんでしょう。


 次の瞬間、杵柄くんの持ったナタが罠にかかった脚を切り飛ばしていた。鮮血が地面を赤く染めた。更に2撃目を腰のあたりに打ち込んだ。

 「何をするの杵柄くん! やめて!」

 私は震える体で杵柄くんに飛びかかり、抑え込もうとした。私の中には、恐怖と怒りが混ざり合っていた。

 脚を切られたプレイヤーは罠から開放されて、ずるずると這って逃げようとしていた。

 それを見た杵柄くんは、体格の劣る私の腕を握りながら言った。

 「これでいいんです。死にたくないと言う気持ちだけが、将来あの子を幸せにするんですから」

 「だからってあんなに痛めつけなくてもいいじゃない!」

 「だからこそですよ。これは試練、教育の一貫ですから。次からは彼も一生懸命に生きるでしょう?これでいいんです。僕はこれまでもあの手の子供にはそうしてきましたから」


 私は杵柄くんを離して襲撃者の印を付けたプレイヤーに駆け寄ったが、その顔は絶望に打ちひしがれたままで息絶え、体が光の粒子となって消えた。その場には装備品せんりひんだけが残された。


 ──とにかく、彼の目的が咲耶と付き合うことだったとしたら、彼には波風を立てない方が有利な理由がある。それこそチリさんの話だって、お付き合いした後に言えばいいだけのことだわ──


「ママ」の言った言葉が思い返された。

「僕の母も、この世にはもう居ないんです」屋島さんの悲しみが脳をかすめる。


 私はゆっくりと、噛みしめるように言った。

 「私は、あなたとは一緒になれない。誰かに作り出された苦しみを試練と呼ぶなら、そんなので良くなる世界は要らない」杵柄くんは、1つも動くことなく私だけをまっすぐに見ていた。

 私は左手で矢をつがえ、弦を引いた。


 矢は杵柄くんの胸をまっすぐに貫いた。

 「ありがとう、杵柄くん。あなたのお陰で、私は本当に大切にしたいヒトが誰なのかわかったわ。」

 杵柄くんは倒れ、言った。「その男は……私よりも一緒に居て意味のあるヒトなんですか」

 「あなたの方が素敵だって人も多いと思う。あなたは、話してくれたみたいに歴史に名を残すことだって出来てしまうかもしれない。それにあの人は、きっと私よりも早くこの世から居なくなる。けれど私は──」


 「私は、一緒に未来を、私だけの未来を見てくれた1人を苦しませないよう、大切にしたいんだ。ごめんなさい。」

 「……なるほど未練は残らなさそうです。」


 杵柄くんの口は「ありがとう」と動いた気がした。

 最後までズルい私は、襲撃者の印を背負わないように彼の装備品を全て土に埋めた。

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