第8話 この花は咲くか

 11月になると、暑さはやや緩む。機械の作業できる日が増え、更に雨も多くなるため私たちの休みは増える。私たちは昼間から5D・ディスプレイ端末を通して話していた。この仮想世界は会議室だ。

 「だ・か・ら!リアルマッチングは嫌なんだってば!」

 「それはもう何度も聞きましたけど、ゲームでマッチングしたヒトが2ヶ月で5人。全部上手く行かなかったじゃないですか。いいですか? 咲耶さんが自分でどう思っていようと、咲耶さんの見た目は武器なんです。見た目のせいで不釣り合いだと思われて別れられるなら、最初から見た目でふるいにかけたほうがいいんですよ。どんどん会っていきましょう。」

 「だから、ちゃんと中身を見てもらったり見れる自信がないんだってば……」

 私は相変わらずうまく行かないパートナー探しに頭を抱えていた。リミットまでは、残り1ヶ月と少しだった。

 あのティンカー・ベルでの話し合い……と言うには全く冷静でない言い合いの翌日、結局私は屋島の申し出を受けることにしたのだった。ちなみにあの場でも何人かにパートナーになってくれと言われたが、「それ以上言われると、手のひらが痛くなっちゃいそうです」と言って追い返した。

 「誰だって相手に好かれようとすると悪い所を隠しますし、咲耶さんはそれのせいで後悔するのが嫌なんでしょう?」

 「それもあるけど……」理由はもっと切実な部分にあった。

リアルマッチングは関係がお話とセックスだけで終わるかも知れない。それを乗り越えても、上手くいっていると思わせて届けを出す時に裏切られたら?

 それに、今になってみて痛感したことがある。

 素敵なヒトは大体30歳になった時点でパートナーがもういて、先に大人になる。あるいはパートナーが歳上であれば、パートナーと共に大人になるのだと。仮にたまたまパートナーが居なかったとしても1年でいいヒトは更に消えてしまう。かと言ってわたしは20代の、何も知らない年下を狙うのは嫌だった。そんなの体目当てだったって思われるじゃん。

 無言でコロコロと表情を変える咲耶を見て、屋島は言った。

 「咲耶さん、いま年下は体目当てみたいで嫌だ〜!とか考えてたでしょう。」

 「待って、なんでわかるの?」

 「咲耶さんは色々表情に出て分かりやすいんです。ちゃんと見てますから。大丈夫ですよ、咲耶さんがちゃんとパートナーを探したいって事は、少なくとも僕が知ってますし、きっと伝わります」



 29歳の杵柄きねづかがリアルマッチングしたのは、3日後のことだった。

 AIが発達し、監視技術も発達した現代ではなんでも代筆やコラージュが出来てしまう為、直接合わないコミュニケーションはリアルマッチングと言う目的においてほとんど意味をなさない。(ゲームは端末による外部ツール防止が働いているから安心だ)だから私たちはたいていカフェでデートして、場の雰囲気好みでカスタマイズする。

 杵柄くんの身長は170センチぐらい。ゆるくカーブのかかったミディアムヘアに作業着みたいな細いズボンと編み上げ靴。麻をイメージしたと思われる明るいセルロース繊維のシャツで印象を外した青年だった。

 最初のデートで私たちが座った席のテーマは「秋の古都」だと聞いていた。ホログラム端末で再現された窓の外の光景は彩度が高く、夕日と違った赤と濃い木の色を印象付けた。

 配膳ロボットが静かに紅茶とケーキセットを運んでくる所は、たぶん昔とは違うけれど。化粧、和風にしてきてよかったな。と心のなかで思う。

 「咲耶さんはいま、建築現場の作業にあてがわれているんでしたっけ」最初に口を開いたのは杵柄の方だった。


 「そうなんですよ。お陰で毎日暑いし日焼け対策が大変で。」

 「でも全然気にならないですよ。ほら、ちゃんと白い」杵柄は腕を伸ばして私の横に付けた。

 「毎日しっかり頑張ってますから!」わたしは頬を上げてみせた。

 「それに……何ていうか、すごく綺麗な方なんだなって」

 「そうですか?本当に綺麗だったら、こんな歳まで子供のままで居ないですよ~」

 ──ほら、やっぱり二言目にはそれだ。

 内心イラッとしながらも(咲耶さんの見た目は武器にしなきゃダメですよ)と言っている小さい屋島さんが頭の上に居る気がした。──ので黙った。

 「そうそう、僕は今職場が高磁場作業なんですけど、体力的にはする事が少ないからすっかり筋力が衰えちゃって。せめて神経伝達だけでもと思って、レガシー系のゲームをやりはじめたんです」

 「そうなんですか?私もちょうどやってますよ。もしかしたら同じところかもしれないし、違ってもいいので今度一緒にプレイしましょ」ただし、私が何年も前からやっているプレイヤーであることは伏せた。

 杵柄の将来の話になった。家庭用中枢ロボットの研究をしたいと言う。

 「今の大人は皆子供を預けますし、だからこそ自分の役割に集中することが出来ていますよね。一方で子供たちの死亡率は高くなっています。だから中枢ロボットの教育の精度を上げることで、ヒトの生存率を高めていきたいんです」

 「すごいんですね、杵柄くんは」

 「僕は、咲耶さんが機械化前の時代が好きで、ヒトの子供はもっとテクノロジーで救われると言う研究で卒業したって話でピンと来たんです。このヒトと二人なら、歴史にも残れるぐらいの研究ができるんじゃないかって」

 「杵柄くん、年下なのにすごくしっかりしてるし、なんだか照れちゃいます。私もたくさん子供と会ってきたけど、最近どうすれば子供はもっと幸せに生きられるんだろうって考えること、多くなっちゃったんだよね。杵柄くんの言う通りかもしれないなって今日思えたな」

 「僕ももうすぐ大人になる年齢じゃないですか。だから将来を一緒にするヒトのことを、どうしても考えちゃって」

 「うん、すてきだと思います」

 ──はじめてのデートは成功したように思えた。

 私たちのいる仮想世界は同じだった。そういう所にも運命的なものを感じた。

 次はゲームで遊んでみようという約束をして、別れた。

 私はすぐに屋島さんに報告したかった。ちゃんと見た目の話を我慢できたことや、将来の話をちゃんとしてくれる若い子も居るんだって事を。


 私は屋島さんの家を訪ねて、ドアを開けて貰った。

 部屋に入ると、ソファーに倒れ込んで私は言った。

 「疲れた~もうダメ。杵柄くんキラキラしすぎで私なんかじゃ釣り合う気がしない。さよなら私の大人生活」

 「はいはい、その割には随分嬉しそうに見えますよ、咲耶さん。その感じだと上手く行ったんじゃないの?リアルマッチングも悪くはなかったでしょ」

 「そうだよね……完全に食わず嫌いって感じ。食べてないけど」

 「咲耶さん、体目当ては嫌だって言ってませんでしたっけ」

 「そりゃあ、言うわよ。今でも」

 屋島さんはお茶を2つ、テーブルの上に出した。私はそれに違和感を覚えて聞いた。

 「屋島さん、ありがとう。そういえばさ、屋島さんの所の中枢ロボットは今休眠中?この時間に休眠させてるなんて、珍しいよね」

 「ああ、僕の所は母も遺伝子検査に落ちたんです。だからうちには中枢ロボットは居ないんです」

 「……そんな家あるんだ」

 「はい。ほとんどのヒトはそれぞれの家に『ママ』が居ますから。誰かをうちに招かない限り話す事も、疑問に思われる事もないんです」

 それを聞いた私は、10代の時に「ママ」と話したことを思い出していた。


 「あなたは、その人の言ってる事ではなくて、行動している事がその人の本当の姿だと思う?」

 「思う。言うだけなら誰でも出来る。それこそ私だって」

 「それなら、どうして私たちロボットには心がないなんて言えるのかしら?」

 「………」

 「もう一度言うわ。私たちには心がたしかにあるのよ。こうしてあなたの心に触れられる事が、何よりの証明。少なくともあなたにとっては。」ならば、本当のお母さんと「ママ」は一体何が違うというのだろう。


 私は屋島さんへ質問をした。

 「そうなんだ。……本当のお母さんに育てられるって、どんな気持ちなの?」

 「話を聞く限りは、皆と意外と変わらないって思いますよ。いつも優しくて、僕がいけないことをすると叱ってくれて、いいことをすれば……いや、しなくても、か。褒めてくれる。でも一つだけ違うところがあるとすれば──彼女の寿命は短かった」


 「僕の母も、この世にはもう居ないんです」

 私は、胸が詰まるのを感じた。死の感覚は、5D・ディスプレイでも再現されているとされていた。私自身の想像力も人並み以上にはあると思っていた。けれども、屋島さんを見ていると、何か未知の感覚に引き込まれるようだった。私は彼の頬に顔を近づけていた。

 「だめです!」


 屋島の声で、私は我に返った。マッチングデートが終わったばかりの日に一体私は何をやってるんだろう。ものすごい自己嫌悪に襲われた。

 「ごめんなさい。本当に」

 「……いえ、大丈夫です。でも今日は帰ってください。

 「わかった。ありがとう。私なんかのために」

 「それ以上言わないでください。咲耶さん。でも一つだけ、どうしてもお伝えしたい事があるんです」


 「──なんですか?」

 「僕は、これ以上自分の大切なヒトが、自分のせいで苦しむのが嫌なんです。僕もきっと早くに死ぬでしょう。その事をちゃんと覚えておいてください」

 「……わかった」私は、ちっとも気の利いたことが言えていなかった。

 「それじゃあ、玄関までは送りますから」


 屋島さんは私を見送ってくれた。屋島の家のドアが閉まり、鍵が掛かった。

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