狸囃子 滋賀県甲賀市信楽町にて聞いた話

鮎河蛍石

狸囃子

 趣味の延長で国際忍者学会に所属している私が、忍者の調査を行った際に、現地に住まう方から聞き取った奇妙な体験談を一つ……。


 滋賀県甲賀市信楽町。

 信楽焼が観光資源の風光明媚なこの町はNHKの連続テレビドラマ『スカーレット』の舞台にもなりました。

 そんな芸術の町、信楽の名物工芸品と言えば狸の置物です。

 この狸の置物は「他を抜く」という言葉遊びに基づいた商売繁盛のまじない道具という側面もあります。


 閑話休題。


 JR草津線の貴生川駅より発着している信楽高原鉄道に乗り、信楽駅に降り立った私を愛嬌のある表情をした巨大な信楽焼が出迎えます。


 この信楽高原鉄道も交通事故史に残る大事故を起こしており、その因縁話もございますが、今回は割愛します。


 さて本題の狸囃子たぬきばやしについてです。

 『本所七不思議之内 狸囃子』が伝える怪現象は、夜中にどこからともなくお囃子の音が聞こえるが、音の出どころを探しても探しても見つからず。挙句の果て夜が明けていた。

 そんな狸に化かされた系の怪談が狸囃子です。

 本所とは江戸時代の地名で、現代の東京都墨田区にあたります。

 そんな東京に伝わる怪談が、現代の滋賀県にて起きたと陶芸教室のMさんが語ります。


 「あれは私が子どもの時分ですわ。遊びと言ったら野山を駆けて、川を泳ぐ位しか無かったんですわ。何もない田舎ですさかい自分で遊びごとをこさえなアカンかった。

 あの頃の夏は今みたいにアホみたいに暑いことも無かったですわ。その日は川に針を垂らして何ぞ釣れんかいなとやっとりました。

 ほんで日もとっぷり暮れてましてね。私が子供の時分は夜になると真っ暗になるんですわ。街灯が無かったですさかい。せやから月明かりを頼りに家路をえっちらおっちらぼちぼちやっとりますとね。

お山の方からお囃子が聞こえてくるんです。そりゃおかしな話でね。お囃子ちゅうたらお祭りに流れるもんでっしゃろ。神社の境内から聞えてくるならまだしも。山でっせ。

 コレは狸か狐に違いない。ピンときましたわ。

 せやから路傍に転がっとる石をお囃子のする方へ投げたったんですわ。

 するとがさがさがさがさちゅうて藪から豆狸まめだがポンと飛び出してきましてな。ピューとあぜ道を駆けていきました。

 ありゃ腹抱えて笑わせてもらいましたわ」


 Mさんは作務衣の上から信楽焼の狸のようにでっぷりと膨らんだ腹を叩きながら言う。


「狸は人を化かしはりますさかい、安生あんじょうきをつけなはれや」

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