サイドストーリー 山下06 山下あの夫婦と知り合うってよ ①



 零司さん…


 娘の陽菜と同い年の少年、


 その少年が世界有数の戦力をもつ組織のトップ…


 敵対した相手や裏切り者を処分する命令書に12歳からサインをし、


 場合によっては自身も対応に出る…


 小学生か中学生の年齢からそんな環境に身を置いて…


 心はもつのでしょうか…


 いい年をした私でさえ処分命令のサインなんて重圧には耐えられそうにありません。


 どれほどの責任を感じているのでしょう…


 ゼロさんもそうですが…


 Sランク1人で国軍相当の戦力…


 待ってください!


 自分自身がそれほどの力と責任を持っていながら他のひとの責任も背負っている…?


 いやいや!


 零司さんが言っていたことを合わせて考えるとまさか…


 実力を隠していただけではなく、零司さんがゼロさん…?


 だとすると!


 秘書さんの言っていた責任もすべて12歳から!?


 ありえない…


 こんなことがあっていいはずがない…


 周りの大人はなにを!!


 いや…


 浩二くんが言ったことがどれほど滑稽か…


 零司さんはこれ以上ないほど力を行使し、責任を背負っている。


 治療行為をしてはいないが、サブゼロを日本に置いているだけで国防の一翼を担っているし、その責任を1人で背負っている…


 やっていることはひどいかもしれませんが、これが軍事行動と考えるならあり得る話しです。


 映画などで見聞きする「国家元首が背負う戦力を行使する責任の重さ」を、


 自分たちが動くことの影響力を、


 あの彼が理解できないわけがないし感じないわけがない。


 三上が心酔するのもわかるというものです。


 私も心を入れ替えないといけませんね。




「どうです?

 少し気分は落ち着きましたか?」


「はい、腹は決まりました。

 あなたにも協力をお願いしたいこともありますが、大丈夫でしょうか?」


 妻との離婚のための証拠は必要です。


 使える範囲の証拠は分けてもらいませんと。


「はい、裁判で使える程度のものも準備するように手配はしています。

 私としては早く決断してくれて助かりました。


 山下さんが社宅に入る前で本当によかった。」


 はは… 妻と一緒に入るなら浩二くんを連れ込みそうですしね…


「妻が荷造りに手間取っていましたからそれが幸いしました。

 それにしても、零司さんはよくこころがもちますね…」


「お強いんです。

 それにあの方を支えているのは今一緒に暮らしているメンバーだけではありませんから。」


 秘書さんはそう言って少し頬を赤く…


 なるほど… そういうことですか。


「あなたがライバルですと娘も少し分が悪いでしょうか。」


「どうでしょう、陽菜さんもかわいいですが他の方たちもなかなかのものですよ。

 私たちに共通しているのはあの方を愛してはいますが、決して独占しようとは思わないことですね。」


 この秘書さん、もう隠す気ないじゃないですか!


「それよりさっさと他の社員のぶんも目を通してください。

 そのためにこの部屋に来ているんですから。

 宮本さん… でしたか、いきなりの増員でこちらも忙しかったのですよ?」


 はいはい…

 問題は… なさそうですね。


 速読くらいは身につけているので読むことはすぐできるのですが、少し気になることがありました。


「あの… この記載は…?」


「あぁ、この人ですか。

 独身時代からあなたのことが好きだったようですね。

 1度結婚はしましたが、それが理由で離婚していますよ。」


 そんな…


「私は彼女の結婚式にも参列したんですが…」


「えぇ、相手は察していたようで複雑だったみたいですね。」


 それは… 大変失礼なことを…


「ちなみにこの方は陽菜さんのことについても理解をしていて、介護する気まんまんですよ。 よかったですね。」


「いや… そんなことをさせるわけには…」


「そうですね、彼女は零司さまのところで温かく迎えられていますから。」


「あ、はい…」


 いいことなのですが、父親としては正直複雑です。

 妻のこともあり、あまり強くは言えませんが…





「おや、井上さん?

 お久しぶりです、ここでお会いするとは。」


「はい? 山下さんじゃないですか!

 奇遇ですね!」


「おい、今日はもういいがきっちり引継ぎはしておけよ。

 お前がどれだけ迷惑をかけるか自覚しろ!」


「えぇ、では部長、今日はこれで失礼します。」


「ふんっ!」




 あれから秘書さんにはさんざんいじり倒されました。

 私はずっと妻一筋でしたのにあの子のことを意識するようになったじゃないですか!


 そう、少しムっとしていたら思わぬ人物と再会です。


 井上さん。


 彼は民間で対モンスター用の装備の研究をしている研究者で、奥方も同じような研究者だったはずだ。


 以前ハンターの特集番組を作る際に取材させてもらったので面識はある。


「お久しぶりですねぇ、少し気まずいところをお見せしました。」


「いや、それは… ですが井上さんはどうしてサブゼロへ?」


 井上さんの務めるところは業界でも上位と言われるほどだったと記憶しています。

 そうでないと取材に行きませんしね。


「お? 山下じゃないか。

 暇そうだな、俺の部屋でコーヒーでもどうだ?

 井上さんもよろしければ。」


「はい、ご相伴に預かります。」




 実は今は会いたくなかった三上に見つかってしまった。

 まぁいい、これでも元はテレビマンだ。

 上手く話しをしてあの話題は避けるようにしよう…




「改めまして、井上です。

 少し先ですがサブゼロへ転職で入ることになっています。」


「そうだったんですか、これからよろしくお願いします。」


「これから?

 山下さんは…?」


「私もこちらへ転職したんです、井上さんが転職というのは少し意外でしたが。」


「そうですか、今後ともよろしくお願いします。

 僕は娘たちがこちらのクランにお世話になるそうで、その流れですね。

 あ、そうだ。 山下さんの娘さんの… えっと、陽菜さんでしたか… うちの美夏がお世話になっているそうで、ありがとうございます。」


「みかさん… あ! 同級生でこの度仲良くなったと聞いています。

 そうでしたか、井上さんの娘さん…

 ということは、美春さんと美冬さんも?」


「長女と次女ですね。

 まさか、3人が同じ男性の元へ行くとは思っておりませんでしたよ。」


 そうか… 井上さんのところは3人の娘さんが零司さんのところへ…

 父親としては複雑だろう…


「ん? 山下と井上さんは零司さまのしゅうと同士ってことか?

 そういえばそうだったな。」


「おいおい、舅は早いんじゃないか?

 いくらなんでもまだうちの陽菜は渡したくないぞ?」


「そうですか?

 僕は浮いた話の1つもない長女と、ずっと片思いをしている次女の行き先が決まって少しほっとしたくらいですよ。

 さすがに三女は少し早い気はしますが、あの子たちの決めたことですからね。」


「でしょうな、ハンターになるということは明日のことはわからないということ。

 井上さんの娘さんたちは後悔のない人生を送れるといいですね。


 まぁ美冬さんは… 大丈夫だと思いますよ。

 実は何度か手合わせをしましたが、十分にAランクでやっていけるだけの実力をお持ちです、一緒にいるゆかりさんも魔法職としての実力は十分ありますのでよほどの無茶をしなければ問題にはならないかと。」


「ははは、剣鬼と言われた三上さんにお墨付きを頂ければ安心できます。

 僕も元ハンターなのですが、Cランク止まり。

 娘たちに追い抜かれてしまいましたよ。」


「おいおい、昔の物騒なあだ名はやめてくださいよ。

 彼には秘密にしていたんですから。」


「いや、最近だけど知っていたよ?

 ほら、赤城さんのときに。

 それに、たまに素が出るから隠しきれてはないよ。」


「まぁそうですね、三上さんは風格が並みではありませんから。

 

 それよりその… 零司さんってどんなひとなのでしょうか…?」


 井上さんがついて来た本題はこれかな?

 やはり人の親、娘のことが心配なんでしょうね。


「れい… 副社長の何を聞きたいのです?」


「三女の美夏とパーティーを組むというではありませんか。

 どれほどの実力があり、どれほどの魔石やドロップアイテムを回収できるかに決まっています!

それによって僕の研究のペースも変わってきます!

 妻とも毎日のように魔石混素材について語り合っていますがやはり実物に触れないといけません!

 刀のように鋭さに特化したものを作るには職人技が必要ですが、鈍器であったり、西洋剣のようなものであれば僕のような研究者でも作ることができます!

 そうだ! 三上さんは直剣を使っていましたよね!?

 ぜひとも僕に三上さんの専用装備を作らせてください!


 いやぁ、楽しみだなぁ!」


 井上さん…?

 娘さんたちの心配よりも研究?


 この方は少し個性的だとは思っていましたがこれほどとは…


「いいんですか?

 実は今はうちの試作品を使っているのですが、そのままだとどうもしっくりこなくて。

 そうですね、零司さまに相談すればBランクの魔石はかなりの数を研究に回せると思いますよ。」


「なんと! Bランクの魔石ですか!!

 それは素晴らしい! 今のところだと月にCランクを100個程度しか使えなくて研究もなかなか進まなかったんですよ。

 Bランクが使えるとなるとAランクハンター用の武器も作れますよ!」


 なるほど… これがハンターの意識ですか…

 私たち一般人にはない感覚ですね…


 武器1つにここまで気持ちが入るなんて…



「そうだ! お2人とも今夜はお時間ありますか!?

 妻も今回こちらへ転職しますので先ほどの魔石のお話しをぜひ妻にも聞かせてやりたいのですがいかがでしょう!」

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