026 少ししゃべりすぎたな。




 翌日の午前10時。


 俺と三上は山下氏の家を訪問している。




「零司さま、明日の午前10時に山下氏とのアポがとれました。 私が迎えに行くのでご準備をお願いします。」


 三上から報告があったのは昨夜。


 美夏たちもあの放送を見ていたのでついて来たがっていたけど仕事の話しだから遠慮してもらった。



 黒シャツに黒スーツ、ネクタイは白。 ゼロが活動するときの服装を素材と若干のデザインを変更して今の俺のサイズに仕立てたものを着て三上を待つ。


「お待たせいたしました。 では参りましょう。」


 専務という肩書を持ってはいるけど三上はこうして俺の運転手をしてくれる。 多少の申し訳なさを感じるけど本人が望んでいるのでやめさせるのも違うよな。




 山下氏の家は一般的な一戸建て住宅。 リビングに通され、俺と三上は山下夫妻と向き合う。


「三上さん、本日はどのようなご用件でしょうか? このような子供を連れて来るとは…」


「自己紹介が遅れました。 私は神薙零司、株式会社サブゼロの副社長をしております。 そして、山下さまもお聞きになったあの音声のハンターです。」


「冗談… ではないのですね? たしかに聞き覚えのある声です。

 それで… ご用件は?」


「では簡潔に。 我々はあなたをスカウトしたいと思っております。 待遇はこの機会に設立する広報部の部長として。」


「なるほど… 今をときめくサブゼロの部長職ですか…」


「給与は年に2,000万円、ボーナスは年に2回各100万円。 ですが、ご家族も含めうちの社宅に入居していただくことを職務以外の条件とさせていただきます。 それに伴い、書類上は年に100万円の家賃を頂きます。 これはもちろん給与に上乗せさせていただき、お支払いを頂いたものとして処理いたします。」


「社宅まで… ですか?」


「当然です。 言っては悪いですが、山下さまは反ハンター活動家に狙われています。 うちの社宅には現役のハンターも多くおりますので警備の面ではここよりもよほど安全かと。」


「そうでしょうね。 ですが三上さんから伺っていた話しとは食い違いがあるのですが。」


「三上からはどのような?」


「給与は年に1,500万と…」


「なるほど、では2,500万でボーナスはなし。 ではいかがですか?」


「いやいや! なんで上がるんですか!」


「あなたが正直にお話ししてくださったからですよ。 誤魔化すこともできたでしょうに。」


「そんなことはしません!」


「あなた… あの、神薙さん、私からもよろしいでしょうか?」


「奥様ですね、どうぞ。」


「あの… なんで主人なのでしょうか、他にもその…」


「きっかけは昨日の放送でした。 あそこまでハンターのことを思ってくれる一般人の方はなかなかいらっしゃらない。

 ですが、私はそれ以前から山下さまに注目はしておりました。 私は御覧の通りの年齢ですので直接は知りませんが、山下さまの弟さまのことを聞き及んでおります。

 あれ以来ハンターの待遇は少しですが改善しました。 それはハンターとして感謝申し上げます。 そして山下さまの活動も聞いております。 ハンター遺児のための基金の設立と孤児院への寄付。 そういうことができる方なのでお声がけをさせていただきました。」


「ありがとうございます… あなた… ここまで知ってくださっているのよ?」


「あぁ、そうだな。 神薙さん、これからよろしくお願いします。」


「はい、詳しくは三上と話しを詰めてもらいます。 では三上、あとは任せます。」


「はっ、それで零司さまは…?」


「用は済んだし適当に帰るよ。 お前はゆっくりさせてもらえ、旧い仲なんだろ?」


「ご存じでしたか。」


「まぁな、移籍金が必要とか言い出したら報告しろ。 2億までならすぐ用意する。」


「承りました。 では、お疲れ様です。」




「なぁ三上… あれがお前の上司なんだよな?」


「そうだ。」


「あの若さでこんな金額をポンと… どうなってんだ?」


「それを言う権限は俺にはないんだ… あの人に無礼はできん。」


「そうか… でも本当に俺でいいのか?」


「零司さまも言っていたろ? お前のことを評価してくれてるんだ。」


「そうよ、あなた。 局の方々があなたになんて言ってきたか忘れたの?」


「いや、でも実感がわかないんだ…」


「そのうちいやでもわかるさ。 俺はあの人に感謝してるんだ。」


「お前がAランクを引退した時のことか?」


「あぁ、大けがで入院して引退。 それはいいが治療費が払えなくてな。」


「そうだな… 当時は医療保険が公的なものも民間のものもハンターには適用されなかった。」


「それを立て替えてくれて、しかも回復魔術までかけてくれたんだ。 おかげでこのとおりだ。 あのままじゃ、左手以外欠損だったんだぞ?」


「あの… 三上さんって、手足を…?」


「そう。 無理な依頼を受けて、両足と右腕を欠損したんですよ。」


「そんな… でも今は…」


「えぇ、すべて零司さまのおかげです。 でもこれは内密にお願いします。

 あの方は医者ではないし、だれもかれもを治療したりはしません。」


「そんな… できるひとがしないのは卑怯だと思います。」


「奥さん、それは違う。 あの方は常に戦っている。 今もハンターへの偏見と戦っているし、あの日まではいくつもの依頼を受けている。

 それこそこうしてオフにしないと1日2時間ほどの睡眠でダンジョンに入っています。 それも氾濫直前のダンジョンばかりにです。

 学生とは言いましたが、高校1年生ですよ? その零司さまが、学校とダンジョンを行き来し2時間の睡眠。 そんな生活をしているのに、さらに病人やけが人の治療をしろなんて誰が言えます?」


「それって… まさか…」


「悪い、忘れてくれ。 少ししゃべりすぎたな。」


「いえ… そんな生活をされていたんですね… でも治療の時間くらい…」


「ダンジョンが氾濫してもいいのならそれもありだと思いますよ。」


「でも!」


「落ち着け、回復魔法を使えるひとは何人もいるんだ。 でも氾濫直前のダンジョンを踏破できるひとは本当に少ない。 どちらに力を入れるかは…な。 両方なんてできないのはわかるだろ?」


「それは… わかります…」


「あの子もそれを望んではいないよ… ダンジョンを氾濫させてまでは… ね。」


「娘さんか… 確か足が…」


「あぁ、両足が動かん。 あいつがダンジョンに入っているときに別のダンジョンが氾濫を起こしてな、奥さんが庇ったから命は助かったが腰をやられてしまって神経が…」


「そうだったか…」


「あの人に聞いてください! いくら払えばいいか! あの子には!」


「奥さん… お気持ちはわかるが、私からお願いすることはできん。 だが、耳に入るようにはしてみよう、どうかそれで…」


「ケチくさいこと言うなよ。」


「浩二(こうじ)か、陽菜(ひな)ちゃんのところへ来てたのか。」


「そんなことはいいんだよ! なんだよあいつ! 俺と年も変わんねぇのに偉そうによぉ!

 2時間の睡眠? なら1時間にして陽菜やみんなを助けろよ!」


「お前は… 私があの方にどれほど感謝しているのかわからんのか…」


「もう何年も前の話しだろ、もう十分恩返しはしたんだ。

 それに会社だって親父が回してるようなもんだろ。 奪っちゃえよ?」


「誰がそんなことを吹き込んだ? いや… それはいい。 2度と言うな。

 次はないぞ。」


「なんだよ? 怒ったのか? 俺はいつも親父が言うようないいことをしようって言ってるんだ。 何の問題があるんだよ?」


「もういい、お前ももう高校2年だ。 あの方は小学生の頃には親の養育は受けていなかったと聞く、ならお前も以後の生活は自分でなんとでもしなさい。 家に入ることも許さん。」


「はぁ!? ふざけんなよ! 母さんだってあいつのことを!」


「…そういうことか。 山下、これとの付き合いは陽菜ちゃんの自由だが、俺とはもう関係ない。 好きにしてくれ。」


「あ、あぁ…」




「お父さん? 浩二くんは?」


「陽菜… 浩二くんは三上と一緒に帰ったよ。 急用があるそうだ。」


「そう…」


「陽菜は神薙零司という子を知っているか?」


「神薙くん… 隣のクラスの子だったと思う。」


「そうか… 本当に高校生だったんだな…」


「神薙くんがどうかしたの?」


「お父さんな… 神薙くんの… いや、三上のいる会社に転職することになった。

 ハンター関係の会社なんだ。 お前の足もどうにかする方法が見つかるかもしれない。」


「ほんと? でも無理はしないでね、お父さんはパパと違ってハンターじゃないんだから。」


「もちろんだ。 広報部を任せてもらえるそうだから無理なんかしないさ。 それに給料も上がる。 お前の送迎を助けてくれるひとをお願いするから今後はその人に色々頼むといい。」




作者です


※ 三上が受けたのは回復魔術、山下氏が言っているのは回復魔法。

  魔術と魔法は別物であり、ハンターについてそれなりの知識があれば

  きちんと区別できる程度には認知されています。


⭐、♥、コメント

何か残していただけるとモチベにつながり泣いて喜びます!


近況ノートに適宜連絡や感謝を書かせていただいております。

そういったものもあるというご連絡でした。


次回は2023.09.27 18時です。

よろしくお願いします。

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