024 解せぬ!



 Side 美夏


 その日、日本中に激震が走りました。


 いえ、日本中というのは言い過ぎですね、日本中のハンターに激震が走ったのです。


 ハンター協会がハンターを裏切った。


 そう知れ渡ったのは零司くんが昨日の音声をネットに流したからです。




 あの後、協会を出てみんなで零司くんの家へ行きました。

 そこは協会から歩いてすぐのとても大きなマンションです。 まさかこんなところに住んでいたなんて聞いてないよ!

 それに私たちもここに住むなんて… 


 お部屋に案内されましたが、これに1人で住んでるの…?


 間取りは3LDKっていうらしいんですが、個室が3つあってそのどれもが私の部屋の2倍以上あって小百合さんが言っていたようにこの1つを2人部屋にしても十分なくらい。

 零司くんは1部屋しか使ってなくて、2部屋はベッドが2つずつあり客間って言ってましたが、今からでも住めるくらいです。


 このマンションは全部同じ間取りで、零司くんは美冬姉さんたちレイヴンに1室、私と美春姉さんに1室を使わせてくれるって言ってるんですが広すぎるよ!

 5人で1室にしようって相談しようかな…


 お父さんたちにも別のフロアになるけど1室提供するって言われて本当に驚きました。 このマンション自体が零司くんの私物で、零司くんはオーナーさんだそうです。

 社長さんで、オーナーさんでって… 零司くんすごすぎるよ… 


 お部屋の紹介が終わると仕事の連絡があるって零司くんは自室に行っちゃいました。 美冬姉さんが夕ご飯を作るって言ったら、あるものは好きに使っていいって言うので私も手伝おうとしたのにみんなに止められました。 解せぬ!


 部屋割りの相談をすることになったのですが、姉さんたちも私と同じ意見みたいで安心しました。

 隣の1部屋を貸してもらって、美冬姉さんとゆかりさん、美春姉さんと私、小百合さんは1人部屋ということに決まりました。 小百合さんは1人部屋ってことを遠慮してましたが、人が増えたらその人をその部屋に入れるっていうことで納得してくれました。

 これまで2人でパーティーを組んでいた美冬姉さんとゆかりさんは当然だし、私は未成年ってことで美春姉さんと同室になるのはそのとおりだと思うので小百合さんには我慢してもらいましょう。

 我慢して1人部屋っておかしな話しですけどね。



 その後は家事分担や順番?についての話し合いがありましたが、私は掃除当番ばっかりで順番や料理当番には入れてもらえませんでした。 順番ってなんの順番なんでしょう? それよりここでも私は料理当番から外されました! 零司くんに手料理でお礼をしたかったのにさせてもらえません! 本当に解せぬ!



 決めることと、夕飯の準備が済んだら話すのはやっぱりさっきのことです。

 私にはわからない金額が飛び交っていましたが、支部長さんが零司くんと副支部長の平坂さんとの取り決めを破ったのは許せません!

 零司くんが言っていました、ハンターは自分の命を削ってモンスターを倒して魔石を取って来るから、魔石の値段はそのハンターの命の値段なんだそうです。 それは一昨日までFランクだった私にもわかります。

 魔石の価値で値段は上下しますが、それは仕方ないことです。 自分の実力が足りていないんです。 それは自分の価値が低いということ。

 でも! 魔石には価値があるのに値段を下げようとするのはハンターへの最大の侮辱です!


 あのとき零司くんは「首」って言っていましたが、支部長さんは鼻で笑って、平坂さんは真っ青な顔をしていました。

 どういうことなのか聞きましたが、ゆかりさんに「美夏にはまだ早いわ、でもすぐにわかるから待ってなさい。」って言われたので待つことにします。

 2つしか年は変わらないのに子ども扱いされていて少しいやな感じはしますが、いじわるで言っているんじゃないのはわかるので我慢します。

 美春姉さんを見たら、少し悲しそうな顔をしていました。 私以外はわかっているみたいです。 これは人生経験の差なのかハンターとしてもキャリアの差なのかわかりませんが、早く追いつかないといけませんね。




 夕ご飯は美冬姉さんが作ったクリームシチューでした。

 入っている鶏肉がとてもおいしくてみんなお代わりをしていましたけど、何が違うんでしょう?

 ゆかりさんが、「なんの肉か知らない方がいいわよ。 値段を想像したら味なんてわからなくなっちゃうから。」って言うので気にしないようにしましたが、私以外はわかってるみたいです。 こういうことも子ども扱いでちょっと寂しいです。


 零司くんはご飯のとき以外はずっといろんなところへ連絡をしているみたいです。

 その内容についてはみんな聞きませんし、話しません。

 私もこれはわかります。


 零司くんは本当に魔石の供給を止めるつもりなんです。

 クランサブゼロにはBランク以上が50人程度って言っていましたが、その中にはAランクも入っているのはわかります。 何人いるかはわかりませんが複数人のAランクのハンターがいきなり止まるというのはどういうことか支部長さんは理解しているのでしょうか…


 でもすごいことを言いましたよね、謝罪金ですよ。

 これはあくまで謝罪のためのお金で、その後には活動休止期間ぶんの損失補填も追加になるのがわからないのでしょうか。

 もっと言えば、精神的苦痛に対する慰謝料も別途に発生します。

 謝罪の気持ちを表すためだけの金額を提示して、損失補填や慰謝料には一言も言及しない。 上手な言い方だなぁって言ったら、美春姉さんとゆかりさんがすごい顔をしました。 なんででしょう?




 昨夜はそのまま零司くんのお部屋に泊まりました。部屋割りは話し合った通りですが、小百合さんは零司くんのお部屋です。


 姉さんたちは夜の間は真っ赤になってヒソヒソしていましたが、朝には微妙な顔をしていました。

 後で小百合さんに聞いてみたら、同じベッドで手をつないで眠っただけだそうです。

 あぁ… 姉さんたちは2人がそういうことをすると思ったんでしょうね。 わからないではないですが零司くんはこのタイミングではしないと思いますよ。 だってみんなのことを大事に思ってないとここまでしてくれませんし、大事に思っているならこのタイミングは違うと思います。


 朝ごはんは今度は美春姉さんが作ってくれました。 ゆかりさんが少し手伝っていて、また私はのけ者です。 解せぬ…


 朝ごはんを食べながら見ていたテレビのニュースで、重大発表として電力大手が魔石の供給不安により緊急値上げと計画停電を発表したとのことです。

 ちょっと気になってハンター用のSNSを確認してみると、複数の大手クランが協会への魔石供給の無期限停止を発表していました。 協会によるハンターへの待遇改善がみられるまで氾濫対応も考えるとのことです。

 これは本格的に大変なことになりました。 ハンターがダンジョンに入るのは義務ではありませんので強制することはできません。 でもハンターが魔石を止めると一般人の生活には直撃します。 それにハンターによる氾濫対応がないと本当に死んでしまいます。


 テレビのコメンテーターは当然のようにハンターを非難していますが、SNSでは昨日の音声が今もどんどん拡散されています。



 あ、テレビの中で動きが変わりました。




「えぇ、ハンターたちのストライキというのは権利としては理解できますがそれが国民の生活にどう影響するのか一度考えてみてほしいものです。 魔石を人質のような形でストライキを起こすなんで人間としての品位を疑います。」


「はい、そうですね。 ハンターの皆さんには冷静になっていただき、考え直していただければと… え? はい、はい… ここで番組に寄せられたご意見をお知らせします。

 協会がハンターに何をしたのか把握してから放送してほしいとのことです。 添付された音源がありますのでそちらをお聞きいただきましょう。」



「今回の依頼はーーーーの独断なのでキャンセルだ。 どうしても依頼を有効にしたければ今回の魔石はすべて納品してもらう。」


「へぇ… 全部買い取ってくれるんですか。 いくらで?」


「たかがハンターの分際で偉そうに交渉かね? それに君は学生か、目上の者を敬いたまえよ。 魔石の価格だが、依頼にあったとおり3つのダンジョンのすべての魔石の納品で最初の契約のとおり3,000万円で買い取ろう。」


「支部長! それは!」


「ふーん、依頼の金額で魔石まで全部出せって理解でいいか?」


「おい! 口の利き方に気を付けろよ。 だがその通りだ。 文句があるならこの依頼はなかったことになる。」



「えぇ… と… これはとあるハンターとダンジョン協会の支部長との会話だそうです。 状況は、氾濫直前の甲種ダンジョンを含む3つのダンジョンの踏破という高難易度の依頼を3,000万円の依頼料で引き受けたハンターが達成の報告をした際の、その支部の支部長との会話だそうです。

 どうなんでしょう、ダンジョン3つの踏破に3,000万円というのは私としましてはかなりの高額だと思うのですが。」


「そのとおりですね、ちょっとモンスターと戦ってそんな高額の報酬を得るなんて国民目線から考えると行き過ぎですね。」


「支部長の言い方はいいとは言えませんが、国民を守るためなのですからハンターも譲るべきは譲らないといけませんね。

 え……… は!? ちょっとうそでしょ!

 ……失礼しました。 番組を一時中断し今回の件についての解説をお伝えします。」



「おはようございます、報道局の山下です。 番組の途中ですが今回の一件について解説をさせていただきます。

 一般的なハンターは任意のダンジョンに入り、モンスターからの魔石を売却することで収入を得ていますが、一部のランクの高いハンターには依頼という形で指定されたダンジョンに入ることがあります。

 その際には依頼料というものが支払われますがそれは魔石の売却金額から見れば微々たるものです。

 誤解を恐れずに申し上げると、話題に上がっているハンターが今回倒したモンスターの魔石の合計金額は200億円を超えると推定されます。

 200億円の収入を3,000万円にしろと言われているのです。

 もし視聴者の皆様が命をかけた仕事をこなし、200万円の収入があると思って戻れば、上司から3,000円だと言われたらどう感じるでしょうか。

 ダンジョンを1つ踏破するにはどれほどの苦労があるかはハンターたち自身にしかわからないでしょう、ですが一度お考えいただきたい。

 労力と収入が見合わなければだれでも退職します。 それは彼らハンターも同じです。


 今回多くのハンターがダンジョンに入ることを休止すると宣言しています。


 当然のことではないでしょうか。


 高ランクのハンターに出される依頼の多くは氾濫直前のダンジョンでモンスターの数をできるだけ減らすというものです。

 氾濫直前のダンジョンではモンスターは通常よりも数は増え、強さも上がります。


 なぜそうなるのか、なぜダンジョンは氾濫を起こすのか、それはまだ解明されてはいません。 ですが実際にダンジョン氾濫は起こるのです。


 これはダンジョン氾濫を起こさせないためのものであり、国民の皆様の命を守るためのものなのです。


 これまで幾人ものハンターが氾濫直前のダンジョンへ入り命を落としています。

 後遺症の残る怪我をしたハンターは数知れません。


 全ては国民の皆様を守るためなのです。


 このハンターが入った3つのダンジョンには甲種と呼ばれるダンジョンが含まれます。

 そこに生息するモンスターは1体1体がまるで戦車のように大きく、硬く、破壊力のある攻撃をしてきます。 

 それが100、200と襲ってくるのです。 

 そんなものを相手に生身で立ち向かっているのです。


 先ほどの音声にありましたが、このハンターは学生とのことです。


 学生には過ぎた金額だと思われる方もいるでしょう。


 逆なのです、私たちが学生にそんなことを押し付けているのです。


 よく考えていただきたい。


 ハンターとはいえ、学生にどれほどのものを背負わせているのか。


 ある日突然、モンスターが町を襲う。 そんなことのないように日夜戦ってくれているハンターの皆さんをなぜ責めることができるのか。


 ハンターは我々のエネルギーのために魔石を取りにいくだけの存在ではなく、我々の命と生活を守ってくれている存在なのです。


 視聴者の皆様、そしてダンジョン協会の皆様。 どうか今一度ハンターの皆様への認識を考え直してください。


 長々と失礼しました。 それではスタジオへお返しします。」


「………はっ 一旦CMです。」




 やっぱり一般人の人たちはこのアナウンサーやコメンテーターみたいな考えなんでしょうね。

 高い報酬を受け取る感じ悪いやつらって思われてるんだとしたら嫌な気持ちです。

 このあいだの狼の森だって丙種なのにあんなに怖くて大変だったのに零司くんが入ったのは甲種…

 甲種は丙種とは次元が違うくらい大変だし、乙二種の怪鳥ダンジョンでは2,000体を超えるコカトリスの相手をしたって言うし…

 それを金の亡者みたいに言われるのはほんといや!


 でもこの山下さんってひとはハンターのことをよく理解してくれてた。

 なんでなんだろう?



 答えは小百合さんが知っていました。

 山下さんは50前くらいの男性なんだけどハンターの弟さんがいて、10年くらい前に氾濫直前のダンジョンに入って亡くなったんだって…

 個人ではBランクだけどパーティーではAランクだったから甲種に入って…


 だからハンターへのあの発言には我慢できなかったんだろうって…




 実は魔石って取り出せるエネルギーで比べると化石燃料の100分の1以下の値段なんだって、それなのに叩かれるってほんと理不尽だと思う。

 私はさっきのニュースの後で教えてもらったけど、みんなは知ってたみたい。


 みんなすごいなぁ… 世間からここまで言われてもハンターを続けてるの…


 でも1番すごいのは零司くんだけどね。 魔石の値段のことも、世間がハンターをどう見ているのかも知っててそれでもダンジョンを3つも踏破しちゃう。


 自分が前に出てパーティーのみんな、ハンターのみんな、ほかのみんなを身体を張って守ってる…


 美冬姉さんたちの気持ちがわかっちゃった…

 このひとを支えたい。


 ひとのためにこれだけ頑張ってるんだもん、きっとすごく疲れてる。

 だから私が癒してあげたい。


 ううん、私たちが理解して、支えて、癒してあげるんだ!




作者です


⭐、♥、コメント

何か残していただけるとモチベにつながり泣いて喜びます!


近況ノートに適宜連絡や感謝を書かせていただいております。

そういったものもあるというご連絡でした。


次回は2023.09.23 18時です。

よろしくお願いします。

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