025 約束よ? 破ったら許さないから。




 某テレビでの山下氏の演説は土曜日の朝だった。


 学校は休みだから美夏と美春さんのレベル上げにダンジョンへ入るつもりだったけどしばらくはいいや。


 寝たらある程度落ち着いたけど、あの支部長はないわ、あんなのが上にいるならその支部に協力する気になれないよな。


 小百合とはなにもないから! まだなにもしてないから!

 そりゃ男の子ですし? 色々思うところはあるけど聞き耳を立ててるやつらがこんなにいる中でできるか!

 少し話して、手をつないで添い寝だけ…

 

 ただのヘタレです…


 でも人がそばにいてくれるって癒されるのな。

 初めて知ったよ。




 それより問題は山下氏のことだね。 ハンターが一般に認知されてもう何年も経つけど社会不適合者だの、暴力的だの、犯罪者予備軍だのさんざんに言われてるのが現実で、それを擁護する発言を電波に載せてやっちゃったからな。


 なんとかうちの会社に引っ張れないか調整するしかないか。




「~~~ あ、三上(みかみ)? 忙しいところ悪いんだけど山下氏のことどう思う?」


 電話の相手は三上、うちの会社の役員をしてもらってる。


 株式会社サブゼロは社長のゼロと、その下に3人の役員を配置してる。

 副社長の俺、経営担当で専務の三上、財務担当で常務のもう1人。

 基本的には三上に色々考えたり計画してもらって、それを3人で可否を決めるっていうね。 ちゃんと役員会らしいことはやってる。


「あぁ、零司さん。 実は山下氏には以前からうちの広報をしてもらえないかってコンタクトを取っているんですが、なかなかいい返事はもらえていなかったんです。

 でも今回の件で彼も考えてくれるんじゃないかと。」


「それはいいね、じゃあ明日のどこかでなんとかアポを取ってくれ。 俺と2人で会いに行こう。」


 こういうのは早ければ早いほどいい。

 それに…


「零司さんが出るんですか?」


「当然。 例の音声は俺の声だろう? 本人が行けば印象も違ってくる。

 それに俺なら給料や待遇についても即決できるしね。」


 ゼロが零司であることを三上は知っているんで遠慮なく話せる。


「はぁ… 本当に大丈夫ですか?」


「心配するなって、なにかあればフォローしてくれるだろ?」


「まったく… あなたには敵いませんね、わかりました。 アポが取れ次第連絡します。」




「電話は終わった?」


 ゆかりはいつも気を配ってくれるから負担はかけたくないけど言っておかないとな。


「あぁ、明日少し出ることになったよ。」


「もしかして山下さん?」


「正解。 今後あの人は大変なことになるだろうから支援できるように話しをしにね。

 うちに来てくれるのが1番だけど、それがダメでも警備とか弁護士の手配とかしてあげられることはあるからね。」


「そう… きっと喜んでくれるわよ。」


「あ! 今日の午後は美夏と美春さんの2人に魔術の訓練をしてやってくれるか? 美夏はアクアニードルまでは使えるから。」


「え!? もうそこまで?」


「ほぼ1発でな。 あいつは才能あるよ。」


「そうね… あなた常識をすっ飛ばしたでしょ! 普通はランス、ボール、ウォール、ストームって魔法を使えるようになって、魔法のレベルを10にしてから魔術の訓練に入るのに!」


 魔法というのは法則が決まっていて、決まった詠唱、決まった魔力量で、決まった現象を起こす。

 単体攻撃のランス、小範囲攻撃のボール、防御的なウォール、範囲攻撃のストーム。 この4つの形にそれぞれの属性の魔力を乗せて放つ。 これが魔法。


 魔術はもっと自由に形や範囲、規模なんかをコントロールできる。

 俺は美夏に“アクアニードル”って魔法っぽく教えたけどあれは“アクアランス”をアレンジした魔術に近いもの。 ランスなんかの魔法をもっと小さくするというアレンジができるようになるっていうのは魔術を身につける基礎になるんだ。

 魔術は魔法を熟練した者が使えるようになるんじゃなくて、魔術のことを理解した者が使えるようになる。

 美夏は魔法のレベルはまだ低いけど、魔術を理解し始めたって段階にむりやり押し上げた感じかな。


「そんな決まりはないだろ? そうやって頭が固いからなかなか魔術が使えなかったのを忘れたの? 魔術ってのは自由な発想から生まれるんだ。

 もっと自由に、もっと楽しめば今より上に行けるぞ?」


「もぉ… ほんと苦手なのよ… 私に上を目指せっていうならもっとお手本を見せなさいよ! 見たもの全部覚えてやるんだから!」


「はいはい、また今度な? 今日は2人を頼む。」


「約束よ? 破ったら許さないから。」


「任せろって、でもダンジョンに入れるようになってからな? さすがに外で見せるわけにはいかないし。」


「そうね、なら魔術の方も座学と小さいのがいいのかしら?」


「座学が一通り済んだら屋上に来れば少しは使っていいよ。 俺は屋上で剣の訓練してるから。」


 ここしばらく剣は使ってなかったから慣らしておかないとな、そう思って学園で軽く素振りしてるのを美夏に見られたんだっけ…


 本気で気を付けよう… 教えてくれとかパーティーに入れとか言われたらめんどくさいしな。 まぁ偽物ってことになってるから大丈夫とは思うけど。




 1人で屋上に上がり、刀を取り出す。

 これはうちの会社で作られた新作で、ダンジョン産の金属を使って作られた物。


 魔術的な効果はなく、ただ丈夫でよく切れる。 それだけを求めて作られたB~Cランクのハンターを想定した刀だ。


 モンスターがドロップアイテムを落とす確率は高くなく、特に武器を落とす確率なんてとんでもなく低い。

 一般の武器よりも少しでも上等であればそれだけで価値があり、ひょっとしたらAランクも欲しがるかもな。




 まずはひたすら素振りをして、フォームの確認をする。


 これにはいくら時間をかけても完成には至らないな… 


 俺の理想とする剣にはまだまだ遠い。



 そのあとは相手を想像しての対戦。


 シャドウボクシングみたいなものだ、想像する相手は弱い物から少しずつ強くしていく。


 場所が広いわけじゃないから大型のモンスターや集団は相手にできないが、人型で、甲種に出て来るものよりもいくらかレベルが高い物を想像する。


 今のところはまだいい。


 確かに俺はSランクハンターの中でも上位になると思う。


 でも今後、俺1人では手に負えないダンジョンができたらどうする?


 他のSランクを呼ぶのか?


 そのSランクの所属地にも同等のダンジョンができていたら?


 被害妄想かもしれないけどできる準備はしておくに越したことはないはずだ。


 だから俺は今回のことをきっかけにパーティーを組むんだ。


 彼女たちなら俺について来れるだけの才能がある。


 そう感じるんだ。



 クランを作ったのも同じ。


 少しでもハンターの底上げをすることを目指している。


 ダンジョンをだれが、なんの目的で作ったのかはわからないけど、モンスターは人類の敵だ。



 これは人類とモンスターの生存競争なのかもしれない。




 なんてな。


 難しいことは学者に任せて、俺は目の前のことを、だ。



「とりあえず、座学が終わったなら堂々とこっちに来いよ。

 俺もひと段落したから実技については見れるよ。」




 さすがに賢者のジョブを持つ美春さんの魔術はなかなかのもの。


「そう、その小さいファイヤーボールを維持してどこまでいけるか挑戦してください。」


 通常だとバスケットボールくらいの大きさで作るファイヤーボールをピンポン玉サイズに圧縮して、それを10個維持し続ける。

 ある程度の魔法職が一瞬ならできることだけど維持するにはかなりの集中力と精神力が必要なので、これは美冬とゆかりにもやってもらった訓練なんだ。


「美夏はアクアニードルを5本維持から始めよう。 大丈夫、失敗してもこのへんが水浸しになるだけだから遠慮なく失敗していいからね。」


 美夏には以前教えたアクアニードルで似たようなことをやってもらう。

 まぁ… これならいいか、


「ゆかり、俺もやるからよく見ておくようにな。」


 そう言って、ビー玉サイズのサンダーボールを浮かべる。


「うそ… こんなに…」


 3人から距離をとり、ちょうど100個までサンダーボールを増やす。


「それからこれをこうやって…」


 サンダーボールを俺の周りに配置し、周回させる。 外から見れば土星の輪のように見えるかな。


「これほどの制御を… 雷属性で行うなんて…」


「美春さん、よそ見しないで集中しな? こういう基礎練に終わりはないから頑張ろうね?」


 美夏は維持に精いっぱいでしゃべる余裕もないかな。




 それから15分、美夏は早々にギブアップ。

 初めてでこれだけもてばいい方かな。


 美春さんは意地なのかまだ頑張ってる。 俺は輪を2本追加して、3本で周回させている。 制御の訓練なので、周回の向きが交互で逆になるようにしてるからそれなりに疲れる。



 それからさらに1時間。

 美春さんはほんとすごいな、初めてでこれだけもつなんてな。 でもここまでかな?


「もぅ… むり…」


「ゆかり!」


 俺が声をかける前にゆかりも準備ができていたみたいだ。

 美春さんのファイヤーウォールの制御を奪い、上空に打ち上げる。



 ――ズドーーーン



 圧縮されたファイヤーボールの爆発力は通常のものを超える。


「じゃあ、俺もここまでにするか。」


 派手に打ち上げてもいいんだけど… 俺は周りにあるサンダーボールの輪をゆっくり薄めていき、消す。 これは発動した魔法を解除するっていう高等技術で、応用すれば打ち込まれた魔法も消すことができる。


「はぁ… こんなスムーズな魔力拡散ってなによ… ほんと零司って規格外だわ…」


 これは努力の成果だからね。 最近伸び悩んでるゆかりにいい刺激になればいいんだけど。



作者です


⭐、♥、コメント

何か残していただけるとモチベにつながり泣いて喜びます!


近況ノートに適宜連絡や感謝を書かせていただいております。

そういったものもあるというご連絡でした。


次回は2023.09.25 18時です。

よろしくお願いします。

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