003 神薙くん、服を脱いでもらっていい?




「神薙、あまり文句が多いと評価に関わるからな? さっさと開始位置に行け。」


 くそ教師はグラウンドを指して言い捨てる。


 工藤のやつはニヤニヤしてこっちを見てるし、適当にやられたふりして濁すかね。



 グラウンドには10mほどの円が書いてあり、その中心から3mほどのところに開始位置の線が引いてある。 お互いの距離は6mほど。 これはこの学校での一般的な模擬戦の舞台なんだけど、ちょっと考えてみてほしい。 後衛である魔法士と前衛である剣士がこんな距離で向かい合ったらどうするんだろう?


 その答えは簡単だ。 前衛同士、後衛同士の組み合わせで模擬戦をしたらいい。


 さて、相手の工藤は魔法士だって自分で言っていたし魔法士なんだろう。 それで俺はどうか。 答えは簡単、俺はサンドバッグだよ。


 この東城学園高等部に入学してすぐのときに担任とこのくそ教師に呼び出されて「実技の授業や模擬戦での一切の反撃を禁止する」って言われてるんだ。

 意味がわからないだろう? 模擬戦で反撃の禁止ってどういうことだ?


 答えは簡単で、俺の祖父が「役立たずだから動く的にしたらいい」と伝えているそうだ。 そんなことを言う祖父もくそだが、それを真に受ける教師もくそだ。

 世の中にはくそしかいねぇ。




「それではこれより、工藤と神薙の模擬戦を行う。 はじめ!」


 教師の合図で模擬戦が始まる。


 開始の合図で工藤は詠唱を始める。 魔法を使うには詠唱を行い、魔力を練る必要がある。 これはファイヤーボールの詠唱だな。 俺は距離を取り、回避しやすいように姿勢を低くしていたが、


「言い忘れていたが、工藤の魔法を神薙が避けて他の生徒が負傷した場合は神薙の責任とするからしっかり受け止めろよ。」


 おいおいおいおい! くそ教師さまよ! 円の周りにクラスメイトが散らばってるのはそういうことかよ! 普通は離れた位置で見学させるもんだろ!

 それに何人かはニヤニヤ気持ち悪い顔で笑ってやがる。 


「いくぜ! 偽物! しっかり受け止めろよ? “ファイヤーボール”!」


 工藤は開始線から動かず、撃ち込んできやがった。 ちらりと後ろを見ると工藤のパーティーのやつらが俺の後ろに陣取っている。 無茶苦茶だろ…


 工藤の撃ったファイヤーボールは想像以上にヘロヘロと飛んできたけど後ろに通すわけにはいかないか…

 仕方ないから腕をクロスして衝撃に備えた。


「ぐっ…」


 工藤のはあまり強いものじゃないが魔法の直撃はそれなりにダメージにはなる。 吹き飛びはしないが体勢を崩してしまった。


「あぁー あぶなーい ”アクアボール”!」


 体勢を崩した俺に後ろから水の初級魔法のアクアボールが。


「おいおい、お前たちー いくら危ないからって俺の許可なしに魔法を使っちゃダメだろー?」


「すんませーん」


 なんだよこの茶番。 不意打ちで後ろから攻撃された俺は前のめりにずっこけている。 そんな俺をニヤニヤ笑うやつ、クスクス笑うやつ、冷めた目で見下すやつ。 ここにはそんなやつらしかいない。

 めんどくせぇからこのまま気絶したふりでもしとこうとか。


「先生! 神薙くんを保健室まで連れていきます!」


 そう言って俺に近づいて抱え起こそうとするやつがいる。


「大丈夫…? 立てる?」


 は? こいつ何考えてるんだ?


「あの… 神薙くん… 意識ある… よね? 保健室行こ…?」


「あ… あぁ… 悪いな…」


 仕方ないからここは甘えておこうか。 そうして彼女に連れられて保健室へ。 その間教師や他の連中は呆然としていた。 それはそうか、教師の言うことを聞かずに行動できるやつはこの学校にはなかなかいない。 実力主義と言えば聞こえはいいけど暴力で押さえつけてるんだ。 力が上の者が下の者を従える。 それがこの学校の暗黙の了解。 教師が工藤に従っているのは工藤の父親の力だけど、それは工藤の持つ影響力ともいえる。 それでも俺に手を貸すのは彼女の立場を悪くすることになる。





 保健室までは彼女に肩を貸されて歩いた。 彼女は女子だけどさすがにハンター候補生だけあって一般の女性よりも力は強い。 倒れている俺を起こして肩を貸しても平気だ。


 養護教諭は不在だが彼女は保健室の鍵を開け、それをなんともないことのようにそのまま俺を支えて中に入る、そしてベッドに寝かされた。

 うん、なんていうかこいつ微妙に手馴れてないか?





「神薙くん、服を脱いでもらっていい?」


「……いきなりか?」


「ちっ 違うよ! 傷の具合を見せてもらわないと回復魔法がしにくいのっ!」


「あぁ、そういうことか。 ありがとうな、でもこの制服があるからある程度は大丈夫なはず…」


「いいです! じゃあそのままヒールしますね! 同級生がこんなことで傷つくのは見ていられません! “ヒール”」


 彼女がそう呟くと、俺の胸に当てている手がうっすら光り何かが身体にしみ込むような感じがする。

 なんていうか… あたたかいな…


「神薙くんは回復魔法を受けるのは初めて?」


「あぁ、こうやってぶっとばされたことは何度かあるけど毎回放置されてたからな。」


「そう…… 私は真紀とか萌が実技で怪我したときにこうして保健室に連れてきてヒールをしてたから保険の先生から鍵を預かってるの。 緊急時には保健室を自由に使う許可とかはちゃんともらってるし、男の人にヒールをするのは初めて… だよ?」


「そうなのか? 俺はてっきりそういうことに…」


「そ… そんなことするわけないよ! それに男の人と2人きりとかも初めてだし… だし… あぅ…」


 おいおい… ここで真っ赤になられても俺も困るんだが??





「ごめんなさい、取り乱して…」


「それはいいけど、お前はいいのか?」


「え? 何が?」


 こいつほんとにわかってなさそうだな…


「俺の学校での立場はわかっているか? その俺にこんなことしてお前の立場とか大丈夫か?」


「立場? 神薙くんが周りのひとたちにいい扱いはされてないのは見ててわかるけど、それがどうしたの?」


「あのなぁ… 俺は「神薙の偽物」って言われてるんだぞ? その俺をこうして助けたら俺の味方って思われてお前も同じようなことをされるかもしれないって思わないのか?」


「え? 偽物っていわれてるのは知ってるけどそれといじめは別物でしょ? それにこれが理由で私のことをいじめるひとなんているの?」


 ……こいつ馬鹿なのか?

 理由なんてなんでもいいんだ。 攻撃してもいい免罪符にさえなればいじめってのはいつでもどこでも起こる。 無防備すぎだろ…


「一応言っとく、ごめんな。 それとありがとう。 お前のおかげで楽になったよ。 それと仲いいやつが2人いるんだよな? そいつらとなにかあれば俺のとこに来いよ。 壁くらいにはなるから。」


「う…… うん… でも大丈夫だよ! 2人とも優しいいい子だしこれで仲間外れとかないよ! でもありがと…」




 本人はこう言ってるけどそう甘い物じゃないと思うんだよな。

 おそらくあの2人への説得はもう済んでる。 悪いことをしたな…



「それでさ、なんで俺を助けようと思ったんだ? あとお前の名前なんだっけ?」


「え!? そこ!? 私は井上美夏だよ。 助けようと思ったのは昨日神薙くんの剣を見たから…」


「あー 井上な、これからよろしく。 んで? 俺の剣ってなんだ?」


「その… 昨日ね、私たち3人はEランクに昇格できて打ち上げをしようかって話してたんだけどね、協会の訓練場にだれかいる気がして覗いたら神薙くんがいて、素振りをしてたの。 それがとても綺麗で、この剣をなくしたらいけないって思ったら身体が動いてたの。

 それより前は先生とかがちゃんと治療とかしてくれてると思ってたから任せてたんだけど… そういうことはされてなかったんだね…」



 やっちまったな… 暇なときで人がいなかったら協会の訓練場で自主トレとしてやってたのがこうやってバレるとは…

 しかたねぇからこいつをとことんまで巻き込むか…



「あのさ、これ見えるか?」




作者です

9/1まで毎日18時に最新話を更新しますので

ご期待に沿えるよう頑張ります!

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