『雨の国の物語り』

ヒニヨル

『雨の国の物語り』

 わたしの国は、いつも雨が降っていました。


 何年も、何十年も、降り続く雨に、人間たちはほとほと困り果て、一人また一人といなくなっていきました。


 いつしか、わたしの国には、わたししかいなくなってしまいました。


 それから、幾年もの月日が流れました。


 変わらず、雨は降り続いていました。

 わたしの住んでいたお城は、降り続く雨によって、地面はゆるみ、屋根や壁はすり減って、くずれてしまいました。


 冷たい風が吹く、ある夜のことでした。


 降りしきる雨の中、一人の旅人がこの国へやってきました。


 わたしの国は、わたし以外、もうだれも住んでいなかったので、とても荒れ果てて、今となっては雨宿りする場所でさえ、ありませんでした。


 その旅人は、強い風をまとっていました。

 わたしの国に入ってからは、風とともに雨もその身に纏って歩いていました。


「お嬢さん、こんばんは」


 久しぶりに人間の言葉で話しかけられたので、すぐに返事をすることができませんでした。

 旅人は、続けます。


「もしここから出たければ、ぼくが手を貸しましょうか?」


 わたしは考えました。ずっと、ずっとこの雨が降り続く国に住んでいたので、今さらこの国を出る勇気が無かったのです。


 旅人は、わたしのそばに腰かけました。


「ぼくは疲れたので、半日だけ眠ります。もしもぼくと一緒にこの国を出るならば、ぼくが起きた時に声をかけてください」


 そう言うと、旅人は風と雨とともに眠りにつきました。


 翌朝。

 旅人が目を覚ましました。

 わたしは、夜のあいだ中、眠れずに考えていました。またこの旅人のような出会いがあるだろうか。ずっとこのままで良いのだろうか。


「お嬢さん、ぼくはそろそろ旅立とうと思います」


 旅人の言葉に、わたしは胸の奥で、くすぶっていた何かが次第に大きくなっているのを感じました。

 わたしは旅人に声をかけようしました。

 しかし、幾年も声を出していなかったので、わたしの声は旅人に届きません。


 待って、いかないで!


 わたしは心の中で叫びました。旅人を強く見つめた目から、自然と涙がこぼれ落ちました。


 旅人はわたしの涙に気がつくと、ポケットからハンカチを取り出し、私の頬に伝った涙をぬぐってくれました。


「お嬢さん。もし、またここへ戻ってきたければ、ぼくがここへ連れてきてあげます。ぼくと一緒に旅に出ましょう」


 旅人が差し出した右手を、わたしは握りました。その瞬間、わたしは雲のない空を、旅人の上に見ました。


「さぁ、行きましょう」


 旅人が着ていた服をひるがえすと、そこに旅人の姿は無く、一頭の竜の姿がありました。竜は旅人と同じ、優しい瞳でこちらを見つめています。

 竜は翼をさげると、わたしに、背中に乗るよううながしました。


 わたしが背中に乗ると、竜は翼をはためかせ、地面を蹴りました。


 あたり一面、雨が降っているはずなのに、わたしと竜のいるところだけが、不思議と空は晴れています。


 心地よい風をまとって、ふたりは雨の国を後にしました。




     fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『雨の国の物語り』 ヒニヨル @hiniyoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ