第9話 偶には普通なことをしよう……ただ物足りない
◆
「もぉぉ……酷い目に遭いました」
「まーまーしゃーないしゃーない切り替えてこ」
「軽過ぎません師匠?」
スライムダイエットの依頼を終えて農場の方々に別れを告げる。振り返ると背後では今も手を振っている大きかったあのスライムは犬猫と変わらないくらいの体長だ。小さくて可愛らしい。
「……もう私二度とやりたくないです。恥ずかしかったです……」
「そ、そうだな」
よしよし、と頭を撫でるとモーモンは目を細めて嬉しそうにしている。
結論からしてモーモンにはスライムダイエットに参加する事は出来なかった。
やはり俺の考え通りだったのか気化は僅かにしか起こらず、モーモンに流れている魔物の血にスライムが反応して服を溶かして巻きつくというとても映像にできない状況になってしまったのである。
なんならモーモンの救出とその後のケア、そしてスライムダイエットをするというやる事が増えてしまい大変だった。
今まで異種族にあまり会った事はなかったのだが、他に会える機会があったらスライムに近付くなと教える事ができるな。良い勉強になったわ。
「私の服は授業料ってわけですか……?」
「そうは言ってないぞ。でもまた新たな事を知れたのは事実だろ?」
「まぁ……そうですけど……」
納得がいかないと不満を露わにしているモーモンだが、
「換えの服もとりあえずくれたし全裸よりマシだろ? そう落ち込むなって」
「その極論はおかしいですよ……、くれたのは嬉しいですけど小さくてピチピチだからこれはこれで恥ずかしくて……」
そう、確かに着替えを持ったのだが、背が高くて色々と出るところの出ているモーモンが着ると人間の服は小さ過ぎる。驚く程に色々強調されてしまうのだ。
ただなんだろう。なんか意地悪したくなる。
「そんなに嫌ならここで脱いでいいぞ。見ててやるよ」
「え……」
「ここ街中だけどな、どうするモーモン?」
「……し、師匠はそんなへ、変態と一緒にいたいんですか?」
お、言い返してくるか。なら、
「むしろいたいねぇ」
「もぉ!?」
「俺ペット飼いたかったから丁度良かった」
「ペ、ぺぺぺ!? ペット!?」
おー狼狽えてるわ。面白いなモーモンの反応が可愛過ぎる。
「どうしたんだモーモンそんな慌てて」
「もぉ!? な、なんでもないですよ!!?」
「そうか、じゃ早くしろ行くぞ」
「え……は、早くしろって……ぬ、脱げってことですか?」
「んなわけないだろ。装備買いに行くから早く店に行くぞって意味だよ」
ただでさえ真っ赤だったのに顔がさらに赤く染まり、恥ずかしさを誤魔化す為か俺の身体をポカポカと叩き始めるモーモン。
「もぉー! クズーヤさんは本当にもぉー!」
「あはは悪い悪い……っていやちょっと待って割と痛いぞこれ!?」
さすがハンマー使いだ、効果音は可愛らしいのに一発の拳に体重がしっかり乗っていて重たい。ムチムチがっしり重戦士モーモンちゃんは凄い将来性がある。
さてと、サイズの合わない服を着たモーモンをいつまでも街中で歩かせるのは子供の教育上よろしくない。急いで服を買いに行くか。
●
「いらっしゃい」
店に向かい扉を開けると店員の元気の良い挨拶が響く。店内を見ると様々な用途に適した多種多様の服が置かれている。
それに店の内装もかなり凝っていて、
「し、師匠……?」
「どうしたモーモン」
「あ、あのもしかしてですけど……ここって結構良いお店なんじゃ」
お、よく分かったなモーモン。
ここはこの街の中でかなり質の良い物を売っており、その分お値段もお高い店だ。
辺りを見渡して雰囲気でそれが分かるとはモーモンの察知能力が成長していっているのが分かって嬉しい。
するとモーモンは俺の背後に隠れてるようにして服の袖を摘み耳元で小声で言った。
「いえそうではなくて……師匠私そんな手持ちないですよ?」
「俺が出すから良いんだよ」
「え!? いやそれは悪いですよ!! 自分の物なので自分で買います!!」
「ここから離れた手頃な店に行くと? 駄目だ。これ以上そんな変な格好したモーモンを外歩かせられないわ」
変な格好!? とショックを受けているが無視だ無視。
「そもそもスライムの件に気付けなかった俺のミスなんだ。お詫びに買わせてくれ」
「……そう言われましても」
「なら弟子になってくれた記念だ記念。師匠からのプレゼントは素直に受け取っとけ」
「で、でも……」
そこまで言っても今だに何か言いたそうにしていたモーモンだが、俺はそれを気にせずに金の入った袋をカウンターに勢いよく置いて店員に言い放った。
「この子に合う服これでいくつか見繕ってくれ」
「はぁい! かしこまりましたー!」
「師匠!?」
「じゃあモーモン、俺は隣の防具屋にいるからゆっくり選んでてくれ」
そ、そんなぁ、と女性店員に連れて行かれるモーモンを置いて隣接された防具店の方へと向かった。
店内には眉間に皺を寄せた厳つい無精髭のおっさんがおり、俺に気付くとおっさんの表情が少し崩れた。
「おうクズーヤか! どうした今日は」
この防具屋のおっさんと俺は交流がある。よく魔物の素材を提供したり、装備の試作を使わせて貰ったりとお互いに利益を得られる関係というやつだ。
だからこういう話を通す時はこのおっさんに言うのが早い。
「実は最近弟子が出来てな、何かアクセサリーを探しに来たんだよ。良いのあるか?」
「おう色々あるぞ。その弟子の武器種は」
「ハンマーだ」
「ハンマーか……なら俊敏性を上げた方が良いな。籠手とかあるけどどうするよ?」
籠手かそれも悪くないが、モーモンは既にグローブを着けているからなぁ。
「もっと日常使いにもいけるやつないか? 可愛らしいのが良いな」
「あ? もしかしてその弟子って女か」
「おう。異種族の女の子だよ」
そう告げると、
「ほぉお前が弟子を取るだけでも珍しいのになぁ……ひょっとしてコレか?」
「茶化すな」
そう言って小指を立てるおっさんの手を叩き、でどうなんだ? と聞くとカウンターの下を弄り始めた。
「だったら____よ、これなんてどうだ?」
「ピアスか? 効果は?」
「俊敏性と瞬間火力上昇だ」
「おー良いなそれ」
カウンターに置かれたピアスには緑色と赤色の魔石が埋め込まれており、装飾も凝っている。
これなら良いなこれを買うよ。
「ほい毎度」
「いくらだ?」
「いらねぇよんなもん持ってけ」
「良いのか? 結構高そうに見えるけど」
「最近実験的に作り始めてな、試しに使ってくれ。交換条件といってはなんだが堅い鎧みたいな身体をした魔物がいたら皮が欲しいな」
「了解、持ってくるわ」
「おう頼んだぜ!」
丁寧に紙袋に入れてくれたピアスを受け取り、隣の服屋へと戻ろうとした時、丁度出て来たモーモンと鉢合わせになった。
「あ、師匠酷いですよ! 勝手に行っちゃって」
「悪い悪い。どうだ色々買えたか?」
「もぉ……はい普段使いのできる服とか、冒険者をしてるって言ったら色々揃えてもらいました」
「なら良かったな」
先程の教育上よろしくないピチピチの服ではなく、シンプルな白いワンピースを着ているモーモンは長身長と合わさってとても似合っている。
「似合ってるなモーモン」
「え、あ、ありがとうございます」
「可愛い! すっごく可愛いぞモーモン!」
「も、もぉぉ……恥ずかしいですよ……」
照れて困っているモーモンは本当に可愛いな。
気がついたら普通に買い物をしてしまったが、偶にならこんな普通な日でも良いだろう。だが、
「セクハラしたい欲が凄いな……」
真面目にするのも疲れるな、と最後の最後に思う俺はもはや病気だな。
とりあえず明日からまたモーモンで遊ぼう。
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