第6話 シュレディンガーの揉み揉み
◆
「邪魔するぞ」
酔い潰れたモーモンからなんとか泊まっている宿屋を聞き出し、やって来た場所は街の中心部から少し離れた異種族の旅人や冒険者御用達の宿屋だった。
「はーいちょっと待っておくれよ」
夜も深まっているためかエントランス兼食事処には殆ど人は居らず、俺の声に反応して店の奥から女性の言葉が玄関まで響く。
そして出てきた女性は異種族の宿屋という特殊な場所からして同じ異種族が来るかと思っていたのだが、四十代くらいの人間族のおばちゃんが出てきた。これは予想外だ。
「どうしたんだい? この宿は異種族の方のみしか泊まれないんだけどね?」
「あ、いや悪い宿泊じゃないんだ」
この子を届けに来てな、とおばちゃんに背に担いだモーモンを見せる。
「あらモーモンちゃんじゃないかい! どうしたんだい怪我でもしたのかい!?」
「いやただ酔い潰れただけだよ。飲み過ぎたみたいでな」
心配して慌て出す様子を見て、心底モーモンを気にしてくれているのが分かり、思わず笑みを溢す。
それを見ておばちゃんは俺を睨みつけ、
「アンタ……わざと酔わせたとかじゃないだろうねぇ?」
「誓って違う。今モーモンとはパーティを組んでいてな、今日は頑張ったから二人で飯を食べてたんだよ」
「でもモーモンちゃんが潰れちまったから送りに来たと?」
「そういうことだ」
真実を話したつもりなのだが、今だに俺を見定めているおばちゃんは突然何かに気付いたのか目を見開き、
「パーティって……アンタもしかしてクズーヤかい?」
「ん? そうだが」
なんで俺の名前知ってるんだ、そう聞こうとした瞬間、おばちゃんが俺の肩をぶっ叩いた。
「痛っ!?」
「そうかいそうかい! アンタがクズーヤかい!!」
「痛っ! 痛っ! ちょ、痛いって!!」
「話はモーモンちゃんから聞いてるよ! アンタモーモンちゃんの師匠なんだってぇ?」
どうやらモーモンから俺の話を聞いているらしい。一体どんな話をされているのやら、まあやましい事は一切してないけど(真顔)
「なんでも格好良くて強い師匠が出来たってデレデレしてたよぉ? ふーんアンタがそうかい」
「ほ、ほーん? そ、そうか」
いや別に嬉しくないけどね別に、ただやはり男としてそう言われるのは悪い気がしないだけだけどね? 全然嬉しくなんかないんだからね? っていかんいかん地味に喜んでないでモーモンのことを聞かないといけないな。
「で、モーモンを部屋で寝かせたいんだが、部屋を教えてもらって良いか? 連れてくから」
「あぁそれもそうか、モーモンちゃん大きいから私じゃ運べないからね」
二階上がって一番奥の部屋だよ、とおばちゃんから聞き、言われた通りに進み部屋の扉を開けた。そこはテーブルと椅子にベッドといった最低限の物だけ用意されたシンプルな部屋、別に酷くはない。ただ泊まるだけの宿なら何処もこんなもんだ。
モーモンをベッドへ下ろしてやり、彼女を見下ろしてみる。
「もぉぉ……」
「可愛いなコイツ」
酔っているからか果実の様に美しい紅色の頬、長いまつ毛に可愛らしいまろ眉、そしてムチムチなボディ、なるほどこれが神様の作り出した最高の生命か。
こんな可愛らしいのに異種族差別があるだなんて驚きだ。正直な感想を言うと人間の女性よりモーモンの方が百倍魅力がある。
「あれ」
ふとベッドで気持ち良さそうに寝ているモーモンの足元に目をやると、体格にベッドの大きさが合わないらしく足がベッドからはみ出て宙に浮いている。
しゃがんでベッドをよく見てみると、かなり年季が入っていた。
「これは危ないな、もしかして他の部屋もこんな感じか?」
後でおばちゃんに話を聞くか、とベッドの横に置かれた椅子に座ってモーモンを眺めてみる。
変な意味はない。ただあまりにも気持ち良さそうに寝るもんだから見ていて微笑ましく思っただけだ。
……まあただ他に何を考えているかと言うと、
「改めて見ると無茶苦茶良い身体してるなモーモン……」
やらしい意味ではない、単純に冒険者として素晴らしい肉体だと言うだけ、断じてやらしい意味ではない。
ぷに♡
だが気がつくと俺の手はモーモンへと伸び、何処とは言わないが身体に触れていた。
ぷにぷに♡
再度揉んでみた。なんだこの素晴らしい弾力は!?
鷲掴み重量を確認してみるが、恐ろしく柔らかく重たいその存在に目を見開いてしまう。
しかし勘違いしないで欲しい。
俺はあくまでモーモンの身体に触れていると言うだけの話だ。
若干寝てる無防備な女子に触れるか普通? と思うがそこは気にするな。
そして今何に触れているのかは俺にしか分かっていない。そうこれぞまさに、
……揉み揉み揉み。
「もっ! もぉぉぉ♡」
”シュレディンガーの揉み揉み”
画面や文章などで描写をされていなければ何をしているのか分からない。
例えば俺は肩を揉んでいるのかもしれない。例えば太もも、例えば二の腕、例えば頬、例えば脇、例えばお腹、観測する者がいなければ複数の揉み揉みが存在すると言うわけだ。だからこれは決して変な事じゃない。
全くもってエロくないのだ。
「おいおい天才か俺」
自分の凄さに鳥肌が立ってしまった。
……揉み。
「んっ」
……揉み揉み。
「んっ♡」
「……」
正直言って堪りません。
「はっ!? いかんいかん危なかった我に返ってなかったら夜が明けるまでやってたぞ……恐ろしいなモーモン」
名残惜しいけれど手を離すか、本当に名残惜しいけれど辞めるとしよう。
「名残惜しいけど」
モーモンに薄い毛布を掛けてから部屋を出て、下に降りると宿屋のおばちゃんが待っていた。
「あら遅かったじゃない。泥酔してる女の子にやらしい事でもしてると思ったよ」
「してねぇわ。俺は紳士なんだよ」
「本当かい? 怪しいねぇ」
してないから(真顔)
だって誰も認識してないからね、知っているのは俺だけ、それか神のみぞ知るってやつだ。
「それよりおばちゃんちょっと良いか」
「ん、なんだい?」
「さっき色々と周り見てたんだけど手入れが行き届いてると思ってな」
「なんだいやけに上からだね。まあでも素直に喜んどくよ」
苦笑いをしながら煙草に火を付けるおばちゃんだが、なんだかんだ嬉しそうだ。
「ここは異種族限定の宿なんだろ? なんでそんな宿にしたんだ? 風当たりがあまり良くないんだろ異種族ってだけで」
そうだね世間じゃ色々言われてるね、とそんな俺の疑問におばちゃんは煙草を吹かして応えた。
「……アタシの旦那は獣人でね、この宿を始めたのも旦那と決めたんだよ。今も昔も変わらず大変だけど泊まってくれる子達の笑顔を見たら疲れなんて吹っ飛んじまうよ」
「旦那さんは見えないな」
「身体を壊しちまって寝たきりだよ。異種族の病気はアタシら人間の薬じゃ治らなくてね、高価な薬を買うためにアタシだけで宿をやってるのさ」
なるほどそういう理由があったのか。つまりは、
「アンタの言いたい事は分かるよ。手入れは行き届いているけど設備が悪いって言いたいんだろ?」
「いやそうは言わないけどガタが来てるなとな」
「そういうのは旦那の仕事だったんだよ。アタシじゃ分かんないしね、薬を買うから余裕からねぇ……」
つまんない話聞かせちゃったね、と先程まで泣きそうな顔をしていたおばちゃんは無理に笑顔を作り煙草を消した。
そんな悲しい姿を見せないでくれ。
「そうか、じゃあコレ」
俺はおばちゃんの座るカウンターに一枚の硬貨を置いた。
「これで設備とか薬買ってくれ、多分足りるだろ」
「え、何言って____ってアンタこれ白銀金貨じゃないかい!?」
驚くのも無理はない。
本来、国で使われている硬貨は銅貨、銀貨、金貨の三種類だ。一般的にはこれしか使われていないのだが、例外が存在する。
”白銀金貨”これは作りとしては金貨と同じだが、普通の金貨と全く違うところがある。
それは強大な魔力を持った魔物の放つ気を長い間浴び続けたことで金貨が魔力で白く変色し生まれた物だ。硬貨としての価値もあるが希少価値がとにかく高い。
希少価値は途轍もなく、いや本当にマジでレアな物な訳なのだ。
因みに竜の討伐の際に大量に入手した。
「こんなに貰えないよ!! いくらになると思ってんだい!!」
「良いんだ、その代わりモーモンのことをよろしく頼むよ」
そう言って宿の出口に向かい、扉を開けて出ようとした時に思い出した。
「そうだおばちゃん一つ良いか?」
「なんだい?」
「なるべく大きなベッドを買ってくれ。足がはみ出ないくらいのな」
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