ブルーイーグルという人物 (1)
リディアは唖然としていた。たぶん、間抜け面をさらしていることだろう。
「あなたが……あの?」
「そんなにいい反応が返ってくるとはね」
彼は軽快に笑い声をあげた。
「だって、最近話題じゃない。王都にもついに来たって。警察が血まなこで探しているわ」
「有名人だね。悪い気はしない」
リディアはまじまじと彼を見つめた。もっと年上の、好戦的な男を想像していた。これは……予想外だ。こんなに若くて、気さくな人物だとは。
けれど、先ほどの戦い方もこれで腑に落ちる。貴族の屋敷に忍び込んで寝首をかくような人間だ。殺しに躊躇するはずがない。
「人助けもするのね」
「むしろ人助けしかしないと思うけど?」
ブルーイーグルは不思議そうだ。こちらを見て首をかしげている。
「貴族を殺してるじゃない。そのあと貧しい人間に金品を与えているからって殺人と強盗の罪は消えないわ」
「あんなやつら、生きている価値もないじゃないか。民を虐げて。おれはただ、悪いやつらを始末しているだけ。さっきのやつらを殺すのと何の違いがある?」
「わたしはね、さっきのやつらも殺さない」
「それで自警団? 悪を消さないで何になるんだよ」
不満そうな、バカにしたような声と表情。自分のやっていることに何の疑いもないのだ。けれど、リディアは知っている。その貴族たちにも大切なものはあるし、彼らを大切に思うものもいる。さっきの暴漢たちだってそれは同じだ。
「殺すだけがすべてじゃないわ。わからないならいいけど」
沈黙が二人の間を流れた。
「基本的に、いつの時代も法があれば殺しは罪だったし、盗みも同じ」
「今の時代、法なんてあってないようなものだ。貴族のことしか守らない」
「とにかく、気をつけることね。警察は本気よ。そのうち軍も介入してくる。王都を去ることをおすすめするわ」
「きみに世話を焼かれる覚えはない。王都には用事があってね」
「そう。好きにすれば?」
リディアはゆっくりと立ち上がった。腕に痛みが走るが、動けないほどではない。そろそろ、ファントムの面々もリディアの居場所を気にし始めるころだろう。
「助けてくれて、手当までありがとう。無事を祈ってるわ」
「そちらこそ、気をつけるんだな。ホワイトリリー」
リディアは廃屋を後にした。万が一のために回り道をして館へと帰る。その姿をブルーイーグルがぼんやりと眺めているのには気がついていなかった。
「大丈夫だった⁉」
リディアが館に戻ったとき、一番に飛びついてきたのはネルだった。
「無事よ。ちょっとケガしたけど、応急処置はしてある」
「医務室に行こう? もう、心臓停まるかと思ったんだから」
「ごめんね。機械落としたら壊されちゃって」
「聞いた。応援部隊が残骸と伝言は回収したよ。後でお父さんに会いに行ってよ。心配してたから」
「わかってる。ごめんね、ネル」
彼女はもう、泣く寸前だ。よほど、通信が途絶えたのが堪えたらしい。なすすべがないというのは一番つらい。
医務室でまず、手当を受けてから、リディアは司令部に向かった。夜明けに近いこの時間帯、夜に動くことの多いファントムでは仕事の終わりが近づいている。仕事がひと段落した人間は休むため、司令部には伯父しかいなかった。
「心配したよ。何があったか話してほしい」
「わたしに恨みを持った人たちが自主的に集まってやったみたい。刃物を持っていたから応戦したわ」
「死んでいた人間は? おまえがやったわけがない」
「通信機器が壊れた後、助けが入ったの」
リディアはそこで言いよどんだ。ブルーイーグルのことを話してもいいのだろうか。
「誰だ? ファントムじゃないだろう? 応援部隊は間に合わなかったし、うちは戦闘中の殺しは基本しない」
「……ブルーイーグルよ」
「なんだって⁉」
伯父が声をあげた。ネルも隣で口を開いている。それも当然だろう。彼のことは調べているが、あまりにも情報が手に入っていなかったのだから。
「味方だったのか?」
「向こうを卑怯者呼ばわりしていたし。医務室に行く前の応急処置も彼が」
「話したんだな。どこへ行った?」
伯父が聞いた。
「廃屋の一つで。彼の避難所ですって」
「どんなだった? 男なんだな」
「若かったわ。わたしたちと同じくらい」
そう言って自分とネルを示す。
「危険そうか?」
「殺しをいとわないという点では。でも、理性的だった。貴族は悪で自分のやっていることは正義だっていう思い込みは厄介かも」
「そうか。ありがとう。ケガをしてるんだ。休んだ方が良い。今週は別の人間におまえの仕事も担当させる」
「できるだけ早く回復させるわ」
リディアは伯父に挨拶をすると、司令部を後にした。運転手に頼んで、宮殿に向かってもらう。朝の近づいた空は、それでもくすんだ灰色をしていた。
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