ずいずいずっころばし

増田朋美

ずいずいずっころばし

今日は夏というか盛夏とよばれる季節で、他の地域では台風がやってくる季節でもあった。幸い静岡では、さほど降らなかったが、いろんなイベントが中止になったりして、経済的に大打撃ではあったのは間違いなかった。

その日、亀山弁蔵さんは、お盆の先祖供養をするための道具を入手するため、接岨峡温泉駅から、電車に乗った。こんなにも、と思うほどの田舎電車。他の人は車があるから、それにのって一時間ほどドライブすれば金谷のショッピングモールなどへたどり着けるのであるが、弁蔵さんのような足の悪くて車の運転ができない人は、どうしても電車に乗らざるを得ない。だけど田舎過ぎて、一時間に一本でもまだよいほうだし、ひどいときには四時間近く電車が走っていない区間もある。まったく、こういう障害のある人のためにも、電車を残して欲しいなあと、弁蔵さんは思うのであった。

接岨峡温泉駅から、電車に乗って一時間くらいして、弁蔵さんは千頭駅で電車を出た。ここから先は、観光客もたくさん来ていて、結構乗りたがる客は多いのである。多分自然に触れたいという思いで来ているのだろうが、住んでいる人にとっては、不便以外何もない事を、弁蔵さんは知っていた。だから、一日か2日程度こちらで過ごすのが一番良いのだ。

弁蔵さんが電車を出ると、丁度折り返しで、井川駅に向かう電車が発車しようとしているところだった。そこから、バイオリンの音が聞こえてきて、観光にやってきた子供たちが、

「ズイズイズッころばし胡麻味噌ずい、茶壺に追われてドッピンシャン、抜けたらどんどこしょ。」

と歌っているのが聞こえてきた。

「俵のネズミが米食ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう。」

そのちゅうちゅうちゅうと言う部分がやたら面白く弾いているので、弁蔵さんは、音がする方へいってみた所、駅員の制服を着て、制帽を被った若い男性が、バイオリンを弾いているのだった。

「おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでもいいっこなしよ。井戸の周りでお茶碗かいたのだあれ、私。」

子どもたちはとても楽しそうに歌っていた。そこまでバイオリンを弾き終えると、男性の駅員は、

「まもなくドアが閉まります、ご利用の方は、ご乗車になってお待ち下さい。」

と、言った。つまり発車メロディの代わりにバイオリンの生演奏をしていたのか。確かに、一時間から二時間に一本しか無いローカル線であれば、こういう事もできるのかもしれないと弁蔵さんは思った。子どもたちは、男性の周りを取り囲み、次はどんぐりころころとか弾いてとせがんで、駅員はそれを弾き始めた。音の間違いもない、結構上手な演奏だ。

「お客さん、切符切らないでいいんですか?」

と、別の駅員に言われて、弁蔵さんはハッと気がつく。

「ああ、そうでしたね、実は、大井川線に乗り換えて、金谷まで行きたいんですが、こちらの連絡切符でよろしかったですね?」

弁蔵さんは、その年配の駅員にそういった。しかしその目は、バイオリンを弾いている青年の方へどうしても行ってしまう。その青年は音も正確だし、音色だって、悪いものはない。

「あの、彼のことが気になりますか?」

駅員は、弁蔵さんに言った。

「ああ、気になるというか、結構音がいいなあと思いまして。」

弁蔵さんがそう言うと、

「はい。彼は今月から雇いました新人駅員で、富田といいますが、何でも音楽学校出身だそうで、ああして、発車前に一曲弾いてくださるもんですから。」

駅員はとてもうれしそうに言った。

「そうなんですか、音楽学校ですか。道理でうまいわけだ。」

弁蔵さんは、なるほどと思った。その日は、すぐに次の電車に乗らなければならないため、そのまますぐに千頭駅で大井川線に乗り換えなければならなかったが、本当はもっと彼の演奏を聞きたいと思った。金谷で用事を済ませて、また大井川線に乗って、井川線に乗ろうとすると、バイオリンを弾いていた駅員はいなくなってしまっていた。弁蔵さんは、きっと休憩でもしているのだろうと思って、それ以上聞かないで、接阻峡に戻った。

それから、また何日か経って、弁蔵さんは、また金谷に用事ができたので、井川線で千頭駅に向かった。その日も以前と同じように千頭駅でおりたけど、あの駅員の姿は見かけなかった。それに、千頭駅の駅員たちは、なんだかとても悲しそうな顔をしている。また切符を切ってくれた年配の駅員も、なんだかげんなりしてしまっていて、残念そうな顔をしているのだった。

「あの、この間の駅員さんはいませんか?夏風邪でも引いたんでしょうか?」

弁蔵さんがわざとそう言うと、

「ああ、富田くんは、先日亡くなりましたよ。」

と年配の駅員が言った。

「亡くなった?」

弁蔵さんがそう言うと、

「ええ、先日自殺してしまいましてね。なんでも、学生時代に患っていた病気が再発していたとかで、、、。最近の若い子は、極端すぎるというか、すぐそういうふうになってしまうのが困るんだ。ああして、わらべうたをわらべうたを弾いてくれていたのが、とても楽しいことであったのに、気が付かなかったんだろうかね?」

と年配の駅員は言った。確かに、弁蔵さんもそれはそうだと思った。あのずいずいずっころばしは、とても上手だった。ちゅうちゅうちゅうというところだってコミカルに弾けていたじゃないか。ああしてやってくれていたら、もっと井川線を利用してくれる人だって増えてくれて、損廃問題も解決してくれるかもしれないと思っていたのに。弁蔵さんは大きなため息を付いた。

「まあ、仕方ないと言えば仕方ないですが、確かに彼には自分が孤独では無いことをもうちょっとわかってもらいたかったですね。」

と、弁蔵さんは、そう言って、仕方なく大井川線に乗り換えた。

そして、ある日の夕方。弁蔵さんが、いつも通り亀山旅館の掃除の仕事をしていたとき。なんとなくだけど、バイオリンの音が聞こえてきた。

「ずいずいずっころばしごま味噌ずい、、、。」

弁蔵さんは、思わず口ずさんでしまう。

「茶壺に追われてドッピンシャン抜けたらドンドコショ。」

音は更に大きくなった。きっと自分のバイオリンを聴いてくれる人が現れて、喜んでいるのかもしれない。

「俵のネズミが米食ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう。」

あの、ちゅうちゅうちゅうという面白い音色の出し方もちゃんと聞こえてきた。もしかしたら、バイオリンの青年は、かなりレベルの高い音楽学校で演奏していたのかと思われるくらいの、演奏技術があった。

「おっとさんが呼んでもおっかさんが呼んでも、いいっこなしよ。」

弁蔵さんは、そう口ずさんだ。

「井戸の周りでお茶碗かいたのだあれ、私。」

弁蔵さんがそう自分を指差すと、急にさあっと風が吹いてきて、バイオリンの音は何処かに消え去っていった。きっと、これがいわゆる盆風だろう。この時期になると、この奥大井では、涼しい風が吹く。

「そうか。もう盆なんだな。」

弁蔵さんは、小さな声で呟いた。盆は、死亡した人たちが帰ってくるのだという。もしかしたら、あのバイオリンの青年が、帰ってきたのではないか。弁蔵さんはなんとなくだけどそんな気がした。あの青年は、迎えてくれる人などいなかったのではないだろうか。だからこそ、弁蔵さんのもとにやってきて、盆風といっしょに、バイオリンを弾いてくれたのかもしれなかった。

盆が終わって、また弁蔵さんは、金谷に用事があって、金谷に行った。その時は杉ちゃんやジョチさんも一緒だった。当たり前のことだけど、もう千頭駅でずいずいずっころばしを聞くことはできない。ちょっと寂しいなと思いながら、弁蔵さんは、大井川線で金谷駅に向かった。

金谷駅につくと、杉ちゃんとジョチさんが彼を出迎えた。弁蔵さんが、二人に千頭駅でバイオリンを弾いていた青年のことを話すと、杉ちゃんたちも彼のことを知っていた。ジョチさんの話によれば、何でも芸大で学んだことのある青年だったらしい。その後、働き口がなくて、大井川鉄道に就職したようであるが、そこで働いていては、教授のメンツがかっこ悪くなると嫌がらせさせられた上に自殺してしまったということだ。

弁蔵さんは、お盆の日に、バイオリンの音を聞いたというと、杉ちゃんは、

「ああ、それは無いでしょ。もう、あの世へ行っちゃったから、バイオリンは弾かないでしょ。」

という。ジョチさんも、

「まあ物理的に奥大井の接阻峡温泉に来て、バイオリンを弾くのはまず不可能ですしね。」

と言い、二人は弁蔵さんの話を信じていないようだった。

でも、弁蔵さんは、あの音は絶対に、富田青年がバイオリンを弾きに帰ってきたのだと今でも信じている。



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ずいずいずっころばし 増田朋美 @masubuchi4996

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