(祖父3)迎えはまだ先でいい
のんびりと余生を暮らす。そう決めたわしにとって、孫やひ孫との生活は最高だ。領地に恩恵をもたらす放牧を勧め、自身の趣味も兼ねて軍馬を育てる。
中継地点として繁栄の兆しを見せるフロレンティーノ公爵領は、ようやく地の利を生かし始めたばかりだった。フェリノスの旧王家は、呆れるほど運営能力がなかった。各国の中央に位置する小国だが、農業も工業も特筆する物がない。
義息子マウリシオが貿易や観光に乗り出した時も、邪魔をしただけだった。そのせいで、他国に比べて全体的に遅れている。その上、重税を課したせいで民が疲弊していた。
頭の上のコブが取れて、マウリシオ達が真っ先に行ったことは、新しい産業の育成だ。観光や交易に予算を注ぎ込み、過去に削られた予算を復活させて街道を整備した。予算の出所は、国王派や王家の資産だ。賄賂や裏金が山ほど出てきた。それを民に還元した形だ。
加えて、娘のクラリーチェが一年の減税を行った。貴族階級以外は、ほぼ税を免除と言ってもいい。大規模な改革に必要な予算を回収し、士気もわっと盛り上がった。
「ふむ、休憩するかのぉ」
馬のブラッシングを終えて、姿勢を正す。前屈みの時間が長かったので、腰を伸ばすと気持ちが良かった。
「お祖父様、こちらへどうぞ」
末娘によく似たアリーが手招く。いつも従う黒髪の侍女が、さっと絨毯を広げた。携帯用に軽く、しかし裏に藁を織り込んだ屋外用だ。軍で使っていた敷物だが、これが意外と使い勝手がいいのだ。アリーはすぐに取り入れた。
安く買えるよう優遇をしたため、今では平民の半数近くが所有している。屋外ではもちろん、室内で使う者も多いと聞いた。冬が寒いこの地方では、さぞ重宝しているだろう。
「じぃじ、おひざ」
ひ孫のクラウディオが、不安定な足取りで近づいて足を叩く。座れば当然のように膝によじ登った。手助けして膝の上に乗せると、くるっと向きを変えて背中をくっつける。どうやら椅子がわりに使われるらしい。
「あら、ディー。じぃじのお膝、良かったわね」
「うん!」
時折幼い言葉が飛び出すクラウディオは、元気いっぱいに手を振り回した。先日はこれで顎を叩かれたので、背筋を伸ばして支える。ご機嫌のクラウディオが、手を伸ばした。向かいで侍女のサーラがお菓子を手渡す。
「ありがとう」
お礼を言って、クラウディオは大きな焼き菓子を齧った。もぐもぐと口が動き、すぐに振り返る。
「じぃじ、あーん」
食べさせてもらってばかりの幼子が、わしにお菓子をくれるのか。成長したものだ。素直に口を開き「あーん」に合わせて焼き菓子を頬張る。ふむ、うまい。アリーはまだ幼いルーチェの世話をしていた。
すりおろした果物を食べさせているのだが、べぇと吐き出してしまうのだ。幼子特有の仕草だが、アリーは叱らずに眉尻を下げた。ここは年の功で、わしが助けてやる番か。
「どれ、じぃじが……」
「お祖父様は先日失敗なさったでしょう」
そうじゃった。流し込み過ぎて、吐いて泣いて大変だった。今度は上手くやれると思うが、アリーは首を横に振る。子どもの事は母親が一番に権限を持つ。先王といえど、勝手な振る舞いは許されんルールだ。素直に引き下がった。
「ああ、ここにいたんですね。お邪魔いたします」
クラウディオと同じ金茶の髪を持つ男は、美しい所作で座る。騎士としての実力も確かなアリーの夫が、さっとルーチェを受け取った。アリーから果物の匙を受け取り、ちょんちょんと唇を刺激する。ぱくりと開いたところへ、少しだけ流した。
もぐもぐと食べるが、変な顔をしている。満面の笑みで誤魔化しながら、もう一口。数回繰り返すと、さすがにもうダメだった。のけぞったルーチェが泣き出す。慣れた様子であやす間に、今度はアリーがクラウディオの相手をし始めた。
なるほど、複数の子を育てるのは大変だ。妻の苦労が今ごろ理解できた。戦ばかりで国を留守にするわしは、子育てを手伝えなかったからな。ここでひ孫の子育てに参加し、胸を張って亡き妻の迎えを待つとしよう。
心地よい風が吹く。ああ、今日も良い天気だ。我が妃よ、迎えはまだ先で頼む。やることがいっぱいあるからな。
クラウディオが強請るまま、背によじ登るのを許す。肩に両足をかけて座り、興奮した様子で騒ぐひ孫。慌てて止めようとするアリー。大笑いしながら、わしはすべてを楽しんだ。
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