(元国王)あの時の仕返しか

 一人息子を甘やかし過ぎたのだ。そう言われれば、何も返せなかった。


 先王である父は、治世と民の生活水準向上に尽力した人だ。名君や賢王と称える貴族も多かった。俺にしたら、民に媚びてどうするのか……と眉を顰める事業ばかりだ。


 父が亡くなり王位に就いた俺は、耳に煩い連中を遠ざけた。やることなすこと文句を付ける連中なんぞ、そばに置く価値はない。フロレンティーノ公爵も同じだった。だが奴を閑職へ追いやった途端、急激に財政状況が悪化する。慌てて呼び戻した。


 いなくてはならない人材の価値に気づき、半分以下になった国庫を前に青ざめる。公爵は数年かけて元に戻した。この頃からだ。貴族派が幅を利かせ始めた。王家を蔑ろにする連中だが、金儲けはうまい。


 金を持つ貴族派を滅ぼし、その金を徴収したらどうか。そう考えた時期もあったが、公爵に阻まれた。あいつはどっちの味方なんだ? 奴の一人娘を王太子の婚約者に据えたので、裏切ることは出来まい。


 そこへ飛び込んだのは、夜会での騒動だ。婚約を破棄した? 公爵令嬢が行方不明……挙句に毒殺未遂、だと?! 何をしているのだ、あの馬鹿は! 我が息子ながら度し難い愚か者だ。そう罵りながら、何とか表面を取り繕った。


 いや、取り繕えたと思ったのに。貴族派に寝返ったフロレンティーノ公爵が、断罪のために王宮に乗り込んでくる。娘は取り戻したのだから、大人しくしていろ。苦い思いを噛み締めた俺に、ロベルディ女王の来訪が告げられた。


 仕方なく謁見を許せば、女のくせに俺を見下してくる。挙句、この国を吸収すると……。この時点で慌てても遅かった。すでに決定事項として話は進み、俺は拘束されてしまう。


 息子は……この国はどうなる? そうだ、生意気な女だが妻である王妃はロベルディ出身だった。何とかしてくれるのではないかと期待したものの、彼女は娘と一緒に敵となっていた。


 牢へ投げ込まれ、外へ出されたのは数日後。荷馬車に括られて、どこかへ送り出された。ロベルディ? なぜだ。この扱いを見るに、王族として歓迎されるとは思えん。くそ、何もかも公爵が悪い。外から敵を招くなど、国家反逆罪ではないか!


 息子の意見も、ある意味あっていたのか。今になってそう思うが、撤回したのは俺だ。後悔しながら荷馬車の上で痛みに耐えた。ようやく到着したが、今度は徒歩で帰れと命じられる。


「俺はフェリノスの国王だぞ!」


 叫んだ上から水を掛けられた。ぐっしょりと濡れた体が引き摺られて倒れる。


「これはこれは。罪人が大層な口を利くものだ」


 吐き捨てるように告げた騎士の合図で、馬は進み始めた。徒歩を命じられた俺は、馬車の後ろに繋がれている。馬車が進めば、ついていくしかなかった。歩かなければ、引き摺られる。靴も服も……やがて足も。


 痛みに泣き叫び、許しを乞うても。怒号を上げ、威嚇しても。相手にされることはなかった。彼らの職務はただ、俺を連れていくことだけ。生死は問わないのだ。


 人間の体はどこもかしこも痛い。麻痺して痛みを感じなくなることもなければ、気が狂って壊れることも許されなかった。


 なぜだ、俺は王の子に生まれ王になった。どこで道が間違っていたのか。あの馬鹿息子のせいか、それとも……。脳裏に赤い瞳の女性が浮かぶ。ロベルディの王宮で婚約を断った王女だ。ああ、あの時の仕返しか。くくっ、喉を震わせたのが最期だった。

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