(祖父2)こんな隠居生活も悪くない

 ロベルディの属国として存続を許された元フェリノス国は、さほど豊かな土地ではない。だが牧草の質は悪くなかった。


 領地経営を始めた孫娘アリーの助けになれば、と軍馬の飼育を提案した。豊かな麦畑は見込めないが、寒さに強い牛馬を繁殖させる。この辺は年寄りの経験と知恵が物を言う。放牧経験はないが、関係者を他国から招くことは可能だった。


 以前に制圧した国の中に、放牧が得意な民族がいた。国に虐げられ、搾取された少数民族だ。彼らは快く手伝いを引き受けてくれた。それどころか、経験豊かな数人が移住を決断する。この辺はわしの人徳じゃの。


「お祖父様、ディーを見ませんでしたか?」


 クラウディオか? 少し考え、先ほど厩の方へ走っていくのを見たと答える。カリストが一緒だったので、特に咎めなかったが……。


 アリーが転ばぬよう支えながら歩く。多くの馬が興味を持って寄ってきた。怯えるでもなく、アリーは馬の隣を抜けた。軍馬だから一際大きな体だが、全く気にしていない。こういうところは、母親のシアにそっくりだ。


 厩に入ると、独特の臭いが充満している。きょろきょろと見回したアリーは、藁に寝転がる幼子を発見した。一般的な貴族夫人なら叱りつけるのだろうが、彼女はふふっと笑う。近くで馬にブラシをかけるカリストが、慌てて駆け寄った。


「すまない、伝言は残したんだけど」


「ええ、聞きましたわ。ディーが我が侭を言ったのね」


 仲良く話す二人は、邪魔が入らなければ夫婦のはずだった。今の夫もいいが、わしはカリストでも良かったと思うが……まあ、失敗したのはあやつ自身だ。仕方ない。危険な時に守り損ねた失態は大きかった。


 それは義息子のマウリシオも同じか。そうだ、鍛えてやろう。いい考えのような気がして、アリーに提案する。カリストも一緒に鍛えてやると言ったら、奴め、青い顔になりおった。


「いいお考えですわ。騎士達も鍛え直していただきましょう」


「なら婿殿も寄越すが良い」


「ええ。征服王の鍛錬と聞けば、きっと喜びます」


 地獄巡りと称されるわしの鍛錬だが、アリーを守る盾は何枚あってもいい。厳しくみっちり教えてやるとしようか。


「じぃ? おかあさま」


 声に反応したのか、藁で寝ていたクラウディオが目を覚ます。最初に目に留まったわしに手を伸ばしたが、掴む前にアリーへ方向転換された。切ないが、母親には勝てん。


「皆、ここにいたのか」


 マウリシオが顔を見せる。何やら客が来たらしい。呼びにきた義息子に鍛錬の話をすると、顔が引き攣った。これほど喜んでもらえるとは、冥利に尽きるな。にやりと笑ったわしに、クラウディオが手を伸ばした。


「じぃじ、おうまさんのる」


 数日前にこっそり乗せてやったのを覚えているらしい。いいぞと答える前に、アリーが怖い顔で詰め寄った。


「お祖父様、まさか……ディーを馬に乗せたりしていませんよね?」


 その怒った顔、我が妻にそっくりじゃ。誤魔化す前に、クラウディオは愛馬を指差した。


「おかあさま、あのこ」


 乗った馬を自慢げに示され、アリーの目が釣り上がった。そこから一時間ほど厩で叱られ、解放されたと思ったら食事後にも説教された。悠々自適な隠居生活は、想像とは程遠いが……なに、こんな生活も悪くないさ。

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