番外編

(祖父1)出遅れるなど一生の不覚

 わしの大切な娘達は、誰もが幸せな結婚をした。一度は酷い振られ方をされた末っ子アリッシアさえも。フェリノス王家ではなく、フロレンティーノ公爵家に嫁いだあの子は、公爵に惚れたらしい。


 惚気るような手紙を送り、彼の助けになるため、実家に援助を請うた。優しく賢い娘だ。彼女が願うならと、外交面でも軍事面でも融通を利かせた。嬉しそうに礼を綴った手紙を寄越すアリッシアに、思わぬ不幸が降りかかるまでは……。


 可愛い娘を残し、あの子は召されてしまった。心根の優しい子だから、天に望まれたのだろう。周囲はそう慰めたが、わしには天罰のように感じられた。征服王として他国を侵略し、制圧してきた。その罰なのではないか、と。


 圧政や重税に苦しむ国であっても、王家を支持する者はいる。そんな者らを粛清し、民のためと国を併合した。正義を成しても、他国はそう見ない。どんなに責め立てられようと、わしは持論を曲げなかった。


 国は民のものである。王家は管財を任されただけの存在であり、威張って税を吸い上げるだけの寄生虫ならば滅びるべし。


 他国の王族は危機感を覚えたのか、婚姻や同盟で手を組んだ。そのまま襲いかかってくる火の粉を払うため、わしは戦った。我が国の民もそれを支援したし、併合した国々の民や兵も協力してくれた。それが答えだ。わしは間違っていないと思っていた。だが……本当に正しかったのだろうか。


 迷いが生まれた時、引退を決意した。民を率いて先頭に立つ者が、このような弱さを抱えるなど愚の骨頂。許されるはずがない。幸いにして、わしには跡取りがいる。国も民も託せる有能なクラリーチェに王位を譲った。


 老兵の出番は終わり。ここで幕引き……割り切って過ごすわしの元に、思わぬ知らせが飛び込んだ。アリッシアの遺した孫娘アリーチェが殺されかけた? 毒を飲まされ意識不明だったと。なぜ過去形なのか。誰が犯人なのか。探るまでもなく情報は舞い込む。


 怒りに震えながら準備を進めた。フェリノス国など滅ぼしてくれる! これが天の意に背く行為であろうと、邪魔するなら天ごと貫いてやろう。息巻いたわしを出し抜く形で、クラリーチェがフェリノス国入りした。


「狡いぞっ!」


 届けられた書簡には、ロベルディ国の全権を一時的に託す旨の記載がある。これでは放り出せぬではないか! 唸りながらタイミングを測り、届く情報に目を光らせ、耳を澄ませた。


「お父様、周囲が怯えております」


 困り果てた城から連絡が入ったのだろう。宰相の妻となった次女ルクレツィアが顔を見せた。叱るように言い聞かせる彼女に、満面の笑みで用意した書類を押し付ける。


「なんです? これは……」


 受け取ったルシーが開く間に、颯爽と執務室から逃げた。敵に背を向けるなど……とほざく馬鹿もいるが、退却や撤退の時期を見誤らず選択するのが軍人だ。引き止める声を無視して駆け出す。愛馬の手綱を操り、途中で邪魔に入ったフェルナンディ公爵を蹴散らした。


 いま、わしが助けに行くからな! 戦斧のなんたらと異名を取った親友は、呆れながらも補給品を投げて寄越す。


「くれぐれも、陛下にバレぬようお願いしますぞ」


「わかっておる!」


 戦友に、最初からわしを留める気はなかった。わずかの時間稼ぎをすれば、言い訳が立つと思ったのだろう。安心しろ。手抜きがバレんよう、お前が盛大に負けたと言いふらしてやる。


 国境を跨ぎ、フェリノス国へ辿り着く頃……追いかけてきたはずの護衛は消えていた。なんとも情けない。まだ鍛え方が足りんのぉ。


 ようやく辿り着いた孫娘は、立派な淑女になっていた。愛らしい笑顔で迎えられ、わしはこの瞬間に決めた。二度と大切な者を失わぬよう、この子の支えとして生きよう、と。

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