104.朝になったら悪夢は消えるはず

 目が覚めて、ぼんやりと天蓋を眺めた。徹夜で日記を書いてしまうつもりだったのに、いつ眠ったのだろう。両手は誰かに握られており、首を傾ける。右手を握るお父様が、ほっとした表情を浮かべた。


 お兄様がいる側は薄絹が開かれていた。私の左手を両手で包み、お兄様は頬へ当てている。不安そうな表情がパッと明るくなった。いやね、まるで私が倒れたみたいな……。そこまで思考が進んだところで、直前の状況が蘇った。


 きょろきょろと何かを探すように視線が彷徨う。部屋にはお祖父様や伯母様も駆けつけていた。簡易的な部屋着なのは、私が夜中に叫んだから。起きて駆けつけた姿のままだ。


「あの……私」


「大丈夫だ、何も言わなくていい」


 お父様はそう告げた。その声は少しばかり硬く、天蓋の薄絹をお祖父様が手でのける。にっこり笑って、お父様から私の手を奪った。


「怖い思いをしたな。もう心配するな。このじぃじが守ってやろう」


「父上の言う通りだ。これだけの実力者が揃っている。安心いたせ」


 伯母様はわざと明るい口調で、大袈裟なくらい手を広げて肩をすくめる。この程度なんでもない。すぐに解決して安心させてやる、と。実際、それが可能な実力者ばかりだった。


「ありがとうございます」


 時間を気にして窓の方へ視線を向ける。まだ朝日は昇っていないようで、カーテンが閉められていた。隙間から光が漏れ出る感じもない。


「夜中にごめんなさい」


「いや。叫ばず我慢したら、アリーを叱らねばならんとこじゃった」


「そうだ、気にするな」


 お祖父様もお父様も、優しく私を気遣っていた。だからこれ以上謝罪は不要と考え、私はぎこちなく笑おうとする。悲鳴で駆けつけた皆は、床に倒れる私とカップの混入物に気づいただろう。誰も触れてこない。今はそれが有り難かった。


「これを」


 フェルナン卿から受け取ったコップを、クラリーチェ様が差し出す。ガラスのコップは混入物がないと一目で分かって安心できた。こういう気遣い、フェルナン卿らしいわ。喉を鳴らして一口、二口。やや温い水で喉を湿らせた。体が楽になった気がする。


「もう少し眠るといい。朝になったら話そう」


「はい」


 言われるままに横になった。ずきんと頭が痛い。左側……ぶつけたのかしら。手を当てると、やや膨らんでいた。


「コブか? 冷そう」


 伯母様の指示で、フェルナン卿が冷たい水に浸したタオルを用意する。大国ロベルディの王配殿下に、そのような……申し訳ないわ。本来は侍従や侍女の仕事なのに。ふと、部屋にサーラがいないと気づく。でも夜中だし、と思い直した。


 家族が集まった状況で、遠慮して廊下にいるのかも。私は促す兄の手で、丁寧に上掛けを巻きつけられた。


「朝までしっかり眠ってくれ。きっと頭の痛みも楽になっているから」


 こくんと頷き、目を閉じる。そうしないと、全員が私の顔を見つめた状態で動かない気がした。部屋に戻った時は訪れなかった眠気が、ふわふわと意識を侵食する。昼間にいろいろあったから、疲れていたのね。


 朝になったら、皆で朝食の時間を過ごしたい。伯母様やフェルナン卿は、数日でロベルディへ立つ。一緒にいられる時間が短いから、口にして強請っても構わないはず。それから伯母様と今後のことも話し合って……。考えの途中で、深い沼に引き込まれるように意識が途絶えた。

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