90.罪に相応しい罰を与える

 貴族派の面々は、震えるヴェルディナに意味ありげな視線を送った。トラーゴ伯爵家は娘を勘当していない。家ごと没落させても構わないのだ。女王陛下のお墨付きだった。


 汚れた絨毯の上で「嘘よ、そんなの嫌」と壊れたように繰り返すヴェルディナは理解していない。きっと爪弾きにされるのが罰だと思ったはず。そうではない。殺さなければ何をしてもいいと許可を出した。


 私が苦しんだ二年を倍にして、四年経過したら殺しても咎めない。その意味も隠されていた。たとえ修道院や他国へ逃げ込もうとしても、周囲がそれとなく邪魔をするだろう。表立っては穏やかな笑みを浮かべながら、真綿で首を絞めるように苦しめる。


 残酷な罰だけれど、仕方ないわ。だって、自分の罪を認めなかったんだもの。


 クラリーチェ様はチャンスを与えた。お兄様の断罪に、素直に罪を認めれば良かった。自分が悪かったと謝罪し、頭を下げるべきだ。私は悪くないと突っぱねたから、呟いただけで煽動ではないと逃げを打ったから。


 逆鱗に触れたの。クラリーチェ様は卑怯な手が嫌いだ。真っ直ぐに落ちる滝の水のように、信念を曲げない。自らに厳しい分だけ、特権階級にもそれを求めた。働いた平民が納める税を食い荒らすだけの害虫なら、貴族など一掃してしまうだろう。


「女王陛下、手ぬるいのではありませんか」


 お兄様はこの場で断罪するよう進言する。逃げるのでは? どこかへ駆け込むかもしれない。そんな心配が滲んでいた。


「お兄様、ご安心なさって。この国の頂点に立つ女王陛下が、そうあれと口になさった。どこの貴族が逆らうというの?」


 ぐるりと周囲を見まわし、お兄様はきゅっと唇を噛んだ。その表情に、まだ心配なのだと滲ませて。


「カリストお兄様、私の願いです」


 異論は認めない。被害者である私が望んだ罰でもある。お兄様は静かに一礼した。顔を上げた時には、綺麗に表情を整えている。貴族の仮面を被り、見下す視線を二人の女性へ向けた。


 壊れたように「嘘、嫌」と繰り返すヴェルディナだが、一時的な錯乱だろう。これで壊れるほど繊細な女性なら、あんな方法を使えるはずがなかった。


「それとは別に、ブエノ子爵令嬢の殺害への関与は、裁かねばなるまい」


「それぞれに大切なものを失う罰はいかがでしょう」


 フェルナン卿が口を挟む。その提案は曖昧に聞こえた。大切……何を大切にしているのか。どうやって判断したらいい? それに大切にされているものが「人」だったら。無関係の人を苦しめる可能性もあった。


「クラリーチェ様」


「安心いたせ。見分けは簡単だ」


 私の懸念を見抜いた女王としての顔で、クラリーチェ様は頷いた。ブエノ子爵令嬢リディアを殺した者……示唆した者、命じた者。全員が処罰の対象だった。


「襲撃を示唆したヴェルディナ、命じたフリアン、両名は顔と喉を。連絡役のセルジョ、襲撃に加わった兵士八名は両腕を切断とします」


 襲撃は王宮の兵士だった。金を渡され、疑いもなく命令を遂行する。腐った彼らとセルジョの両腕は、貴族令嬢を殺した罪で切り落とされる。その上で、命じただけの二人から命じた声を奪う。二度と誰かを傷つける命令を出せないように。


 整った外見、穏やかな笑み、優雅な所作、高いプライドと財力に裏打ちされた見栄。それらが貴族を貴族たらしめる。すべて失っても、貴族らしくいられるのかしら。

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