88.教唆や誘導は主犯も同然よ

 捕獲した罪人の確認や尋問が一段落したのか、兄カリストには疲れが見えた。しかし彼の浮かべる表情は厳しく、嫌悪や憎悪に近い。暗い感情を浮かべた眼差しで、ヴェルディナを睨みつけた。


 ここまで断言するのだから、証言や証拠はあるのだろう。カツカツと靴の音をさせて近づき、途中で汚れた絨毯を踏み締める。お兄様の足音が消えた。途端に小さな音が気になる。カリカリと爪で何かを叩くような……。


「私は何も手を下しておりませんわ。すべて、周囲が勝手にやったことです」


 左手の爪を、右手で剥がすような動きをする。音の原因はヴェルディナだった。大きな音ではないのに、不思議なほど苛立つ。カリリと響いた音は突然止んだ。


 ここで思い出した。あの音、以前も聞いたことがある。王太子フリアンが側近と、私に虫入りのお茶を飲ませた時……変な音が聞こえていた。あの時は何の音かわからなかったし、それ以前の状況だった。


 逃げるのに必死で、どこで何の音がしていたのか。考える余裕はない。彼らから解放された時には、音も消えていた。小さな小さな音なのに、耳について……まるで嘲笑されたような不快感を思い出す。


 ヴェルディナは赤茶の髪をぐしゃりと乱した。苛立った様子で、お兄様に反論する。


「希望や夢を口にしただけ! 直接、罪を犯していないの」


「いいや、お前に誘導されたんだ。フリアンはお前が願えば何でも叶えた。妹アリーチェに割り当てられる予算の横流しも、あの子の日用品の略奪も。友人であるご令嬢への嫌がらせも」


 そうだったのね。納得できる部分が多くて、私は長く細い息を吐き出した。学用品や私物が奪われた後、なぜか伯爵令嬢に与えられた。私は日記の内容を額面通りに受け取っていたわ。フリアンが奪った品を、彼女に与えたのだと。


 因果関係が逆だったのよ。彼女が欲しがったから、私の持ち物を奪った。ヴェルディナが何を思って、私の物を欲しがったのか。成り代わりたかったのでしょうね。先ほどの発言でも、悔しいはずと決めつけている。


 王太子であり未来の王となるフリアンを、一人の男ではなく幸せへの踏み台として欲した。愛したのは彼の地位と財力、権力だろう。自分と同じだと考えたから、悔しがらない私を理解できないのだ。


「フリアンの取り巻きが自白した。アリーチェの物を欲しがって強請り、友人達を邪魔だと仄めかして遠ざけさせ、嫌がらせに虫を飲ませる提案をする。それに留まらず、アリーチェの物を盗んだ現場に居合わせたブエノ子爵令嬢を脅した。これらの話が漏れることを恐れ、口封じを提案した……もう全部バレている」


 お兄様が再び突きつけた罪状を、ヴェルディナは否定した。直接行動を起こしていなければ、罪にならないわけではないのに。貴族の嫌がらせや犯罪は、命じて侍従や侍女にやらせることもある。そういった事例では、命じたり仄めかした主君が主犯として罰せられた。


 彼女は命じていないから違うと言い訳したが、そんな言い訳が通るはずもない。実際にトラーゴ伯爵令嬢ヴェルディナの発言で、犯罪が実行されたのだから。


「なるほど……直接手を下した金髪は愚かだが、まだ可愛げがある。手を汚す覚悟は見事なものよ。逆に赤茶の小娘は随分と汚い手を使ったな」


 クラリーチェ様はすっと目を細めた。白黒はっきりさせる伯母様なら、カサンドラよりヴェルディナを嫌うでしょうね。

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