74.打ち砕かれる希望は輝かしいほど痛い

 次期当主と表現され、誰を想像するか。それは個人の自由よ。王太子フリアンの表情が明るくなる。猿轡越しでも分かるのだから、喜色満面とはこのことかしら。


 女公爵になる王妃には、子どもが二人いる。フェリノス国では基本的に男性が跡取りだった。たとえ長女がいても、後から生まれた長男が跡を継ぐ。しかし、ロベルディは違った。王女三人が生まれた王家で、婿を国王に据えない。第一王女であるクラリーチェ様が王位に就いた。


 この点をすっかり忘れて、フリアンは期待に胸を躍らせる。己が知る常識こそが、世界を支配していると言わんばかりに。犯した罪を許され、跡取りとして返り咲けると――どれだけ頭にお花が咲いているのか。こんな息子では、王妃様も国の行く末が心配だったでしょうね。


 勘違いさせる言い回しを選んだクラリーチェ様の意図に気づいたのは、貴族派の大半だった。彼らは緩んだ口元や頬を手で隠し、視線をフリアンへ向ける。愚かな道化の最後を見届けるつもりなのだろう。そこに君主だったフェリノス王家への敬意はない。


 尊敬や敬意は、強要しても生まれない。貴族が自主的に敬い、認めたなら別だけれど。


「ええ、私もがいるので安心です」


 王妃様はわざと個人名を避けて頭を下げた。この方が育てたのは「王女パストラ様」のみ。つまり、王妃様にとっての跡取りは、現時点でパストラ様だった。生みの親だが、育ての親ではない。だから王妃を責めるなとクラリーチェ様は仰りたいのだろう。


 察した貴族派の面々は顔を見合わせ、半数ほどは納得したようだ。複雑な思いを抱える人もいるが、時間がゆっくり解決してくれるはず。この国はロベルディの一部になるのだから。今後はロベルディの法で裁かれ、ロベルディのルールで繁栄していく。


 跪かされた姿勢から逃れようと暴れるフリアンを、騎士は遠慮なく踏みつけた。腕を捻って床に顔を押し付ける。それを見つめる貴族の目は冷たかった。同情など欠片もない。フリアンと父王オレガリオのせいで、フェリノス国は滅びかけた。


「さて、この元王太子だが……罪状の確認をしようか」


 王妃様達へ向かっていた視線が、クラリーチェ様に集中する。扇を畳んだ女王陛下の言葉に、フェルナン卿が一礼した。彼が口を開こうとしたところで、先にお父様が発言許可を求める。


「女王陛下、お……私からご説明しましょう」


 俺と言いかけたお父様は、何もなかったように私と言い換えた。普段は使わない一人称に、一部の貴族が咳き込む。オレガリオ王の前でも「俺」で通していたみたいだし、きっと驚き過ぎたのね。貴族達はすぐに居住まいを整えた。この辺はさすが貴族と褒めるべきかしら。


「許す」


 伯母様の一言で、お父様の口から罪状が語られる。本来こういった裁きの場で、身内が発言することはない。裁く側の判断を誤らせるような表現を用いる可能性が高いからだ。しかし、伯母様はお父様に発言を許した。偏ってもいいと考えたのか、お父様が嘘をつかないと判断したのか。


「まずフロレンティーノ公爵家令嬢アリーチェの殺害命令、同令嬢への浮気を伴う婚約破棄騒動とその際の暴行、並びに彼女を噂で貶めた罪。婚約者に使用すべき費用と離宮修復予算の横領と帳簿の改ざん。証人であるアルベルダ伯爵令嬢とブエノ子爵令嬢への殺害命令、なおブエノ子爵令嬢は実際に襲撃され殺された。リベジェス家の長女であったカサンドラへの不当な支出、それによって他国への内政干渉と国交断絶をもたらした」


 一度言葉を切り、もごもごと猿轡に呻き声を聞かせるフリアンを睨んだ。ここから小さな罪がいくつも積み上げられた。私を学院で虐げたこと、貴族令嬢や令息を脅したこと。数え上げればきりがない。よくもここまで罪を重ねたものだと、いっそ感心するほどだった。

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