73.政略結婚の意味も理解できない

 貴族派の反応は二つに分かれた。といっても、八割は王妃様達に同情的だ。残る二割は何か思うところがあるようで、表立っての非難はしないものの会釈を返さない。その中にブエノ子爵の顔があった。大切に育てた娘を殺された彼にとって、当事者でなくとも王族は仇も同然だ。


「お久し振りにございます、女王陛下」


「苦労を掛けたな、カロリナ。我が妹の代わりに苦行を引き受けた恩義は忘れておらぬ」


 お母様の代わりに、元国王オレガリオに嫁いだ。ロベルディと縁戚になるための結びつきを、赤い瞳だからと貶した。ロベルディ王家が赤い瞳を受け継いでいることなんて、調べもしなかったのだろう。だから青い瞳を持つ公爵令嬢カロリナ様が犠牲になった。


 歩み寄りもなく名の呼び方を変えるような男の子を産み、目立つ産業もない国の運営を助けてきたというのに。あの男の妻だった、ただその一点を責められてしまう人。王妃様の人生を思うと、胸が苦しくなった。同じ立場に置かれるはずだった私……ふとそこで気になる。


 私が疎まれた理由は、お母様譲りの赤が強いピンクの瞳のせいだとしたら? 父王の影響を受けた王太子は、筆頭公爵家の令嬢を冷遇した。その理由が瞳の色ならば……なんて愚かなのか。


 拗れないよう、大国の庇護を受けられるよう、お父様は苦心した。その一つが、オレガリオ王が傷つけたお母様の名誉を守り、妻として愛し、生まれた娘を王家に嫁がせること。これで一代遅れるものの、ロベルディ王家の血が入る。フェリノスは他国に誇る産業も地の利もない。他国に阿るしか生き残る術はなかった。


 強いて何か挙げるなら、周辺の強国の中央に位置していることだろう。交通の要所になれれば価値がある。しかし国力がなければ、踏み潰されるだけだった。


 どんなに上手に立ち回っても、どこかの国の顰蹙を買う。一方へ媚びを売れば、もう片方の顔が立たない。そんな危険な状況で、王妃がロベルディの血族であることは大きな意味があった。生まれてくる王子に大国の血が流れていれば、周辺諸国への牽制になる。


 それ故の政略結婚だ。愛せるかどうかは関係ない。王太子フリアンは、ロベルディの女王陛下の姪である私を尊重するべき立場であった。愛人を持つとしても夫婦間の問題で、私が許せば終わる話。表で私の顔を立てて、公爵家の力を使い、この国を安定させるべきだった。


 責務を果たさぬ王太子が、愛人を持つなど以ての外。フリアンが王になったら、この国は滅びていただろう。


「カロリナ様、パストラ様、ありがとうございます」


 このような針の筵に近い場へ足を運んでくれたお礼が口を衝いた。一番の被害者である私が敬意を示したことで、謁見の間に沈黙が落ちる。


「いいえ、このような息子を生んだ私の不徳の致すところです」


 実際に育てたのは乳母であり、国王の息がかかった側近達だった。他国から嫁いだ王妃に、次期王へ関わる権利はない。そう言って母親から息子を取り上げたのは、この国の王族だ。カロリナ様が手元で育てたのは、王女パストラ様のみ。


 複雑な事情を知る一部の貴族からは、同情の眼差しが向けられていた。


「カロリナは、我がロベルディの公爵家の出だ。そうだな、この国で女公爵の肩書を与えよう。次期当主もいるので困ることはあるまい」


 クラリーチェ様の発言に、王妃様はゆったりと頭を下げた。お礼の言葉を聞きながら、私は伯母様をちらりと横目で確認する。扇の陰で笑っているけれど、希望を与えて奪うのがお好きみたい。反対しない時点で、私も同罪ね。

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