67.毒などで殺してはやらん
「僕は……命令に従った。貴族なら王族の命令に従うのは普通だろう? 毒を飲ませるのではなく、薬だと聞いていたんだ。リベジェス公爵令嬢が持ってきた薬を疑うなんて……」
途中なのに、クラリーチェ様は扇を振って遮った。リベジェス公爵令嬢は五歳、ならばセルジョが口にしたご令嬢は、カサンドラだわ。なぜ彼女がここで出てくるの? 他国へ嫁いで、その国の王を篭絡しようとして失敗した。跡を継いだ新王に砂漠へ捨てられた時点で、我が国の貴族ではない。
彼女が直接絡んでいたなら、王太子はずっと浮気していた。夜会で伴った伯爵令嬢だけではなく、元公爵令嬢であり他国の側妃になった女性と……。ぞっとする。婚約者だった王太子が、結婚前から別の女性といかがわしい関係にあった。捨てられた彼女を拾って匿っていた?
「気持ち悪いわ」
「女狐が絡んでおったか。あれの噂はロベルディにも伝わっておる」
砂漠の国と親交があるロベルディは、王家を揺るがしたお家騒動の情報を知っていた。老齢の王を誑かした女狐が、己の姪の婚約者も落とした。そう聞けば気分は良くない。
「フェルナン、女狐を捕まえておけ」
「承知いたしました」
一礼する護衛騎士の指揮で、騎士達が動き出す。我がフロレンティーノ公爵家から合流した騎士も、さっと敬礼して従った。
「さて、話を纏めるとしようか」
三人の話の共通点は「命じられたから従った」の部分だろう。毒を飲ませるなんて知らなかった、ここも共通か。ただ、毒でないとしたら……不自然な点がある。お茶だと聞いたライモンドとカストに対し、セルジョだけが薬と表現した。
薬を受け取ったのはセルジョらしい。他の二人からカサンドラの話は出なかった。全員が正直に白状したと仮定すれば、こうなる。カサンドラが持ってきた毒を「薬」と認識したセルジョが受け取り、カストが抵抗する私を押さえつけた。ライモンドが流し込んだのかしら?
要点を纏めた私に、クラリーチェ様は悲しそうな目を向ける。不思議と同情が心地よかった。本心から心配していると分かるから、伯母様の感情は私を落ち着かせてくれる。
「アリーチェ、席を外した方がよいかもしれぬ」
「いいえ。私は目を背けたりいたしません」
処刑を言い渡し実行する間、離れていた方がいいのではないか? クラリーチェ様の気遣いは嬉しいが、頷く気はなかった。被害者である私は、加害者へ正当な権利の執行と義務の履行を求める。ここで目を閉じて逃げれば、一生後悔するわ。
「よかろう、さすがはロベルディの血筋よ」
ほほっと笑った伯母様は、歪んだ扇で三人を指示した。
「全員に服毒を命じる……もちろん、それで終わりはせぬ。安心いたせ」
毒などで殺してはやらん。そう聞こえた気がする。フェルナン卿がいくつか候補を出し、クラリーチェ様は三種類を選び出した。毒の種類は詳しくないけれど、そのうちの一つは聞き覚えがある。王族が最後の品位を守る自害のため、持ち歩く毒だ。王子妃教育で覚えたその薬を、伯母様は選ばなかった。
簡単に即死などさせないという、強い意思を感じる。選ばれた三種類のどれも、私は聞いたことがなかった。一般的な自害には、お茶ではなくワインが選ばれる。味や匂いが気にならないことに加え、毒の周りが早いからだ。
そう考えれば、お茶に混ぜて飲ませようとしたのは、毒殺を誤魔化す目的があったように思われた。白ワインが一つ、赤ワインが二つ。グラスはすぐに用意された。怯える彼らの前で、淡々と準備が進む。この場ですぐ実行するみたいね。
「お嬢様、爪が割れてしまいます」
控えるサーラに注意され、手のひらに食い込むほど握り締めていたことに気づいた。深呼吸して指の力を緩めれば、手のひらに三日月の傷が並ぶ。
ワインはグラスに三割ほど、慎重に計算された毒が溶かされた。
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