68.同じことを私にしたのよ

 毒の用意をする間に、事情説明と処刑について知らされたらしい。貴族派が集まってきた。女性は少なく、やはり男性が目立つ。処刑があるならと妻や娘を同席させない人が多いのだろう。お父様は私が女王陛下の隣に座っていることに驚いた表情を見せ、すぐに近づいて声をかけた。


「気分や体調は平気か? 少し顔色が青いぞ」


「平気ですわ。クラリーチェ様も気遣ってくださったけれど、私はすべてをのです」


 過去に起きた事実も、心の中で失われた真実も、これから起きる出来事すべても。強欲な自分に苦笑いが浮かんだ。その表情を悲しいと感じたのか、お父様は柔らかな声で同意をくれた。


「アリーチェが望むのなら、何でも構わん」


 何でも差し出そう。そう聞こえた気がした。クラリーチェ様は扇を広げようとして、みしっと軋んだ音を立てた扇を後ろへ出す。咄嗟にサーラが受け取り、フェルナン卿に渡した。すぐに新しい扇が返ってくる。それを広げて、伯母様は口元を隠した。


「そなたは愛情表現が下手だ。アリッシアの時も注意したであろう。もっと娘を大切にせよ」


「心に留め置きます」


「留め置いて実行しなかったから、こうなったのだ。反省いたせ」


 お父様はそれ以上何も言わず、ただ深く頭を下げた。お母様の時にも注意したのなら、お父様は基本的に口下手なのかも。態度ではそれなりに表してくれた気がするわ。でも過去の記憶が戻らないから、態度も冷たかった可能性がある。


 不器用な人なのだということは、よく理解できた。


「一番罪が重い者から飲ませるとしよう」


 クラリーチェ様は、ふむと考え込んだ。意見を聞かれて、父は「押さえつけた者」が一番罪が重いと答える。フェルナン卿は「毒を受け取った者」を挙げた。私は全く違う意見だ。「口に直接毒を流し入れた者」と口にした。


 広げていた扇をぱちんと閉じて、女王陛下はにっこりと笑う。その無邪気な表情と裏腹に、吐き出された言葉は鋭かった。


「被害者であるアリーチェの意見が優先される。毒を直接口に流した……ライモンドだったか? 毒杯を空けよ」


 うー! 一斉に声を上げる三人に、騎士達が体重をかけて押さえ込む。そのうちのライモンドだけ、猿轡が外された。飲ませるなら必要よね。


 ガタガタ震えながら命乞いを始める。その言葉や表情、顔を濡らす涙さえ……何一つ私の心に届かなかった。だって、同じことを私にしたのよ? これは再現なの。自分がされたら嫌なことは、誰かにしてはいけない。平民の子どもだって知っているルールよ。


「い、嫌だ……死にたくないっ! 嫌だ、やめ……」


 騎士が両側から腕を掴み、もう一人が顎を固定する。二人がかりで体勢を整えたところへ、フェルナン卿が歩み寄った。侍従が恭しく差し出したワインのうち、白を選んで口元へ運ぶ。顎を開かせようとする力に逆らい、彼は必死で口を引き結ぶ。


 横に引かれた唇に、フェルナン卿は肩をすくめた。


「陛下、少しばかり傷つけても?」


「構わぬ」


 答えと同時に、彼は短剣を抜いた。その切先を突きつける。観客に徹していた貴族からも、悲鳴が上がった。











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