66.見苦しい言い訳が並ぶ場で

 フェリノス国、王位継承権二位のライモンドは見た目だけは王子様だった。金髪碧眼、整った顔立ち、ほっそりした体躯。着飾ればそれなりに見えるでしょう。


 王太子の従兄弟に当たる彼は、どちらかといえば頭脳派だろうか。赤毛の筋肉男やゴマすり上手な焦茶頭より、賢そうな外見だ。もちろん、外見が内面を保証することはないけれど。


 猿轡が外れるなり、ライモンドは持論を並べ立てた。


「私は王太子殿下の側近であり、その命令に従うのが仕事だ。アリー……いや、失礼。フロレンティーノ公爵令嬢に毒を飲ませる計画など、まったく知らなかった。あれは気分を落ち着かせるお茶だと聞いたんだ。だから私は悪くない」


 きょとんとしてしまった。私の名を呼び捨てようとしたところは、クラリーチェ様のひと睨みで言い直される。どの発言も、驚きと呆れで意味が理解できなかった。ゆっくり噛み砕いて理解する。


 そもそも第二王子に等しい立場のライモンドが、王太子の側近に収まっているのがおかしいわ。王位を争えとは言わないけれど、何でも頷くお人形になっていい立場ではない。王太子が資質に欠けると判断された場合、自らトップに立つべき人なのよ?


 毒ではなく落ち着かせるためのお茶……それは目の前に置いて飲むよう促すのが普通よ。私が知る状況では、彼らは私を押さえつけて、口に無理やり流し込もうとした。たとえ鎮静効果があるお茶でも、そんな飲み方したら逆効果だ。


 本当に毒だと知らなくても、飲ませた以上「知らなかった」は通らないのが貴族社会だった。民を導く地位の恩恵を享受したくせに、責任や義務から逃れようとするのはあり得ない。


 ぎしっ、不吉な音がする。何かが軋む音に、クラリーチェ様を見上げた。女王陛下の手にある扇がやや歪んでいる。折られてしまいそう。


「もうよい、次」


 クラリーチェ様の声はやや低めだった。怒りを抑えているのか、扇はさらに軋んだ音を立てる。ライモンドの口は塞がれた。続いて、赤毛のカストだ。元ペリーニ伯爵令息で、騎士団長の甥でもある。


 筋肉に覆われた大柄な体は、彼より細い本物の騎士に押さえつけられていた。暴れたため床に押し付けたまま、猿轡だけを外される。やや苦しそうに息をした後、彼も一気に捲し立てた。


「俺は騎士だ、だから主君の命に従った。悪女を懲らしめ、彼女に謝罪させればいいと聞いたんだ。それを信じただけで、俺は公爵令嬢を殺そうとしていない。命令通り、お茶を飲ませる手伝いをしただけだ。それだって俺はお茶に手を触れていないぞ!!」


 ここで見かねたフェルナン卿の合図で、また口が塞がれた。隣で肘が触れる伯母様の手は、ぶるぶると震えていた。怒りで頬に赤みの差したクラリーチェ様は、大きく深呼吸した。その吐息すら揺れている。私以上に怒りを露わにするのは、記憶がない私の代わりかしら。


 手を伸ばして、クラリーチェ様の拳に触れた。扇を握りすぎて、指を痛めないか心配したのだ。クラリーチェ様ははっとしたように目を見開き、すぐに表情を取り繕った。この辺は、さすが女王陛下ね。


「最後の言い訳を聞いてやろう」


 フェルナン卿が頷き、黒に近い焦茶の髪を持つセルジョの口が解放される。彼は他の二人より落ち着いた口調で語り出した。その内容は大差ないけれど、前の二人が酷かった分だけ理知的に見える。嫌なタイプだわ。

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