64.国王派が崩壊した日

 伯母様のやり方は強引だ。他国の王族による越権行為、内政干渉である。そう批判が出るかと思ったけれど、貴族派は大喝采だった。


 調査の妨害ばかりする国王派も、頂点の王がいなければ黙るしかない。国を乗っ取られ、罪人とされた王を担いだところで、文官武官を問わず誰も従わなかった。


 あれほど時間がかかったのが嘘のように、横領の証拠が積み上がる。それ以外の悪事も次々と明るみになり、あまりの惨状にお父様達は頭を抱えて呻いた。政に詳しくない私でも絶句する有様だった。


「マウリシオ、政のことは他の公爵家に任せよ。もっと重要な事件の解決が待っておるぞ」


 伯母様は優先順位の変更を主張する。国より身内である私を優先する、と聞こえた。でも実際は違う。国の頂点に立つ王と次代王になる王太子の暴挙、その取り巻きや側近が起こした事件。すべては彼らの思い上がりからきている。


 王族がルールを無視すれば、下の貴族も上をみて倣うだろう。貴族や民の模範となるべき法の番人が、無法を宣言したも同然だった。ならば腐った建物の土台から手を入れるべきだ。これが伯母様の意見であった。エリサリデ侯爵やオレバリス公爵に調査の現場指揮を任せ、お父様はこちらへ合流する。


「伯母様、よくこれだけの騎士で制圧できましたね」


 謁見の間に連れてきた騎士は、両手に足りるほど。王が己の命を捨てても国を守る男でなかったのも影響したが、国取りは大軍を率いて行うのでは? 疑問混じりの呟きに、女王陛下らしい自信を滲ませた声で返答があった。


「戦いは頭を潰せば終わる。故に、私が取られれば負けだ。それだけの覚悟を決めた我が騎士達と、そこで棒のように突っ立っていた役立たずの騎士を同列に考えてはならぬぞ。我が国はつい数年前まで戦をしていたのだからな。それから……クラリーチェと呼べ」


「はい、クラリーチェ伯母様」


「長いな、リチェだと愛称が被るか」


 うーんと扇を揺らして考える伯母様に「クラリーチェ様」と呼ぶ提案をする。すぐに嬉しそうに笑って許可をくれた。


「夫以外でそのように呼ぶのは、アリーチェの特権だな」


「まぁ」


 随分とすごい権利を手に入れてしまった。お母様が女王陛下とよい姉妹関係を築いてくれたお陰だわ。有り難く思う。


「さて、私の可愛い姪を殺そうとした愚か者共の首を、検分するとしようか」


 ぱちんと扇を開いて閉じ、クラリーチェ様は口角を持ち上げる。


「女王陛下、まだ首は落としておりませんが?」


「おお、そうだった。では並べて言い訳を聞くとしよう。連れて参れ」


 ロベルディの騎士は十名程だったが、フェリノス国の貴族家所属の騎士達が協力した。わずか数時間で、関係者の拘束が終わる。突然の国取りに、逃げ出せた者はいない。オレバリス公爵家が、脱走者に目を光らせていた。そのため、ほぼ全員が居場所を把握されていたのだ。


 謁見の間の玉座は倒され、そのまま放置。代わりに置かれたのは、長椅子だった。クラリーチェ様の命令で、私は女王陛下の隣に腰掛けている。猿轡をされ縛り上げられた数人を、我がフロレンティーノ公爵家の騎士が引き摺って入場した。


 挨拶と丁寧な礼を行う騎士に、さっと扇が振られる。クラリーチェ様の斜め後ろに立つ専属護衛騎士のフェルナン卿が、顔を上げるよう命じた。


 ぐいと顔を上げさせられたのは、三人の青年。猿轡で顔の半分は見えないものの、それなりに整った顔立ちだと分かる。上位貴族は美しい妻を迎えて、遺伝で凝縮された美を持つ。彼らもその類だった。


 記憶がない私は初対面だが、彼らの名前は知っている。貴族名鑑で覚えたから。睨んで何か喚くものの、彼らの声は届かなかった。どうせ聞こえたら、悪口でしょうね。


 長椅子にクラリーチェ様と並んで座る私から見て、右側の一段下がった位置にお父様が立つ。臨時宰相を仰せつかったお父様は、渋い顔をしていた。


「女王陛下の御前である。静かにいたせ」


 お父様の命令に、騎士が即座に応じる。ぐっと喉を絞め、落ちる寸前で緩めた。肩で息をする三人は、もう睨みつける余裕もない。殺されると思ったのか、ガタガタと震え始めた。

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