63.まだ王を名乗る気でおるわ

 王宮の謁見の間に入ってすぐ、伯母様は大きく溜め息をついた。理由は一目瞭然、そのまま壇上の国王を見上げる。表敬訪問で隣国の王族が訪問したなら、これで構わない。代わりに伯母様も、頭を下げる類の挨拶はしないのだから。でも……現在の状況を考えれば、最悪の態度だった。


 一番下、同じ高さまで下りて玉座を背に話をするべき立場なのよ。国力差が数倍の大国の女王が訪れた。その理由が、身内である姪を殺されかけたから。それだけで玉座に座る資格はないわ。自分から歩み寄る姿勢を見せなければ、いつ滅ぼされてもおかしくない。


 この立場の違いを理解できないから、過去にお母様を罵るような無礼を働くことができたんだわ。王太子フリアンも父親を見て真似て育ったのね。今の私は知らない人物だが、予想が外れることはないだろう。


「よく来た、ロベルディの女王よ」


 陛下が抜けているわ。細かいところだけど、女性だからと見下したなら間違いだった。最悪の対応に斜め後ろに立つ私は、伯母様の背中を見つめる。心配するとしたら、彼らの未来の方だもの。今後国が吸収された時、今日の振る舞いで扱いの変わる可能性はある。


「……マウリシオ、玉座で猿が喚いておる。不愉快ゆえ、引きずり下ろせ」


「女王陛下、あれでも一応……国王にございます」


 お父様ったら、いくら尊敬できなくても敬称が抜けてるわ。まあ、同じ立場なら私も付けなかったでしょう。真っ赤な顔で怒っているけれど、自分の無礼に気付いていないのが逆に驚きよ。


 伯母様の言い方で笑いそうになった私は、顔を背けて肩をぷるぷると震わせた。玉座がある謁見の間は、王宮内で一番格式が高い部屋だ。まさか大笑いするわけにいかない。お腹の筋肉を酷使して頑張った。


「あれで国王と申すか? フェリノスは随分と野生的なのだな。我が親族を殺しかけたくせに、まだ王を名乗る気でおるわ」


 ふっと笑って言い切った伯母様は、持っていた扇を閉じたまま振った。後ろに従う護衛の騎士が動く。同時に、室内に配置されていたフェリノスの騎士が警戒の色を強めた。


「抜剣許可はいるか?」


「いいえ。この程度、制圧に時間は掛けません」


 伯母様の前で一礼したのは、マントをつけた騎士だった。伯母様の専属護衛騎士で、若い頃からご一緒だったと聞く。彼が目配せした途端、騎士達は一気に跳躍する。


 重い装備をつけたまま、数人が一気に壇上へ飛んだ。慌てたフェリノス側が剣を抜く。伯母様の口元に笑みが浮かんだ。


 ああ、なんて愚かなの。こちらが先に抜いてしまったら、他国の王族を傷付ける気があったと言われても、否定できないのよ。そもそも主君の許可なく剣を抜くなんて……。謁見の間の権威をなんだと思っているのかしら。


「野蛮で無礼な猿を捕らえました」


 壇上の騎士の報告に、伯母様は扇を広げて「ご苦労であった」と労う。国王の首元に剣の鞘が当てられ、僅かに柄を引けば切れる状態だった。


「女王陛下、いささか乱暴な気がしますが?」


「何を言うか、そなたらが調査だの証拠の確保だの、無駄な時間を費やすからだ。我が姪は大国ロベルディの王族でもある。身内を傷つけられ、黙っているような君主なら……この首が落とされるわ」


 はっはっはと豪快に笑った伯母様は、淡々と命じた。


「この猿とその息子を牢へ入れよ。本日この時刻を以て、フェリノス国は我がロベルディに併合する」


 玉座から引き摺り下ろされ喚く王を尻目に、伯母様は玉座の前に立った。けれど、玉座をじっくり眺めた後で首を横に振る。


「この玉座に私が座ることはない。他の椅子を用意しろ」

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