56.我慢はもう終わり、反撃開始よ

 同じ部屋に集まった女性達は、雑談に恐怖を滲ませて固まった。いくつかのグループに分かれた人々は、顔見知り同士で様々な話を始める。黙って震えていても恐怖は膨らむばかり。気を紛らわせる意味もあって、年長者が話題を振ることが多かった。


 エリサリデ侯爵夫人に手を引かれ、私はサーラと部屋の中央にいる集団に入った。子爵から侯爵まで、ご夫人方が集まっている。年嵩なのも手伝い、落ち着いた雰囲気は居心地がよい。ほっと息を吐き出した。記憶をなくしているから、根掘り葉掘り聞き出そうとする人とは一緒にいたくない。


「フロレンティーノ公爵令嬢様、今回の騒動はお気の毒でしたわ。公爵様のケガは軽傷と伺い、安堵しております」


「ありがとうございます」


 ぎこちなくも笑みを作った。ここは客間ではなく、広間として使えるよう柱を減らした部屋だ。小さなダンスパーティーなら、十分すぎる広さだった。お陰で離宮の半数近い人数が集まっても、楽に収容できる。壁際に騎士が並び、侍従や侍女達が椅子やテーブルを準備していた。


 しばらくここで過ごすことになりそう。さすがに日記を開いて読むわけにいかず、私はさざめく人々の様子を眺めていた。働くサーラにトランクを持たせるのは酷だ。私が受け取って足元に置いた。ふわりとしたワンピースの中に取り込み、膝を締めてトランクを挟む。


 忙しく出入りする侍従が家具を運び、侍女達がクッションなどを持ち込む。徐々に整えられていく室内を見ていて、ふと気になった。同じ場所に集まったら、ここを襲撃されるわよね? これって、本当に安全なのかしら。数人ずつのグループに分かれ、点在した方が襲撃しにくいのでは?


 提案しようと見回すが、兄の姿が見えない。私が勝手に発言してもいいのか。迷った時間が、明暗を分けた。


「動くな! ここにいる者は全員、我らの指示に従ってもらう!!」


 大きな声を上げて飛び込んだ男に、騎士が飛び掛かる。なぜ切りかからないの? そう思った私は、大声で叫んだ。


「フロレンティーノ公爵家騎士団、抜剣を許可します。私達を守りなさい」


 騎士に抜剣の許可が出ていないのだ。貴族夫人や令嬢が集まる場で剣を抜くには、主家の許可が必要だった。ひとたび事故が起これば、責任を取るのは主家になる。そのため、主君の許可なく剣を抜けなかった騎士が多い。


 私の叫び声に反応し、同じグループの夫人達も声を上げた。各家が許可を出す中、叫んで飛び込んだ男が切り捨てられる。混戦状態となり、危険を感じた女性達は部屋の隅に集まった。男が率いてきた兵士は、全員が顔を隠している。


 王宮の敷地内でこれほどの兵を動かせば、すぐに近衛や第一騎士団が動く。この兵達は外から持ち込まれたのではなく、元から中にいたのだ。王族の指示で彼らは動いている可能性が高い。黒い布で顔を覆った男がこちらに近づくのを見て、数人のご令嬢が悲鳴を上げた。


 頭に来すぎて、自分がどんな行動に出たのか。気づいたのは、手を振り下ろしてからだった。靴を脱ぎ、そのヒールを掴んで男の顔を殴っている。


「っ、引きずり出して叩きのめしてやる」


 叫んだ男が手首を掴もうとするが、直後、不自然な動きで膝から崩れた。肩で息をしながら、倒れる男を見つめていた私に声が掛かる。いつの間にか身を滑り込ませたサーラが盾になっていた。


「リチェは勇敢だな。次からは僕がいる時にしてくれ」


 じゃないと助けるのが間に合わないからな。そう笑った兄が剣を背に回した。血が見えないよう気遣ってくれたようだ。ほっとした私をサーラが支える。


「切って捨てよ。これは賊である」


 小公爵であるカリスト・フロレンティーノの宣言に、騎士達は口々に了承を返した。


「反撃開始、ですわね」


 ふふっと笑うエリサリデ侯爵夫人は、右手で戦盤を指す仕草をした。どうやら、これも作戦だったみたい。一気に反転攻勢へ出た騎士に、賊は数を減らし始めた。ええ、たとえ見たことのある制服を着ていても、賊に過ぎない。同情する気持ちは一切湧かなかった。

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