44.こんなにも愚かな策に溺れるなんて

 用意された部屋は二階の中央付近だった。両端に階段があるので静かで、逃げ道を断たれる心配がない場所……気を遣っていただいたみたいね。


 階段は両側にあるので、どちらにでも逃げられる。最悪、両側から敵が侵入しても庭へ飛び降りる手があった。開けた中央部分は、噴水や芝生の庭が近い。テラスから逃げる方法も考慮された采配は、エリサリデ侯爵だった。


 まず避難路の確認を行い、それからゆっくり室内を見回す。外の荒れ方から想像したより、室内は整えられていた。どうやら事前に壁紙や絨毯を交換したようだ。柔らかなクリーム色の壁紙と、落ち着いた雰囲気の青い絨毯、家具も色を合わせて白木に紺の布張りだった。


 革を使わないのは、簡易で使うから? 首を傾げながら、ソファに落ち着く。窓から見える庭は美しいと表現するには足りないけれど、鑑賞に耐えるレベルを保っていた。うちの庭師なら、あの飛び出した植木はなかったでしょうね。ふふっと笑ってしまう。


 この離宮に来て、私が理解したことがある。王家の財政状況だ。見える本宮ばかり気を遣っているようだけれど、他国から来賓があったらどうするつもりかしら。我がフロレンティーノ公爵家の別邸や、領地のお屋敷はそれぞれに家令や執事が置かれている。こんな荒れた状態で、主人を迎えることはない。


 公爵家から婚約者を選んだのは、財政的な問題。血筋より、そちらを重視したのではないか? ならば、私を罠に嵌めた理由がしっくりくる。自分達の責任で婚約を解消してもメリットはないが、私に過失があったらどうだろう。それも重大な過失だ。


 お金を公爵家から引っ張りたい。だが己の欲望も我慢できない。両方を叶える我が侭な方法として、私を断罪した。けれど父の激怒した姿に驚き、思い通りにいかない状況に憤る。結局、一番簡単な方法を選んだ。


 ――当事者の死よ。


 私が罪を認めて自害した。その形を整えるために、毒殺が選ばれた。公爵令嬢が自害するなら、剣や飛び降りは考えにくい。ましてや王子妃教育を受けた淑女なら、他殺に見える方法は絶対に選ばなかった。


 王太子はもっとも卑怯で、最悪の手を選んだのね。毒を飲んで死んだとしても、体に押さえつけられた傷があることを……なんて言い訳するつもりだったのかしら。それとも、そんな考えすらない動物なの?


 ふっと鼻先を擽る香りは、ローズマリーだろうか。閉じていた目を開いた私に、サーラがお茶のカップを並べた。持参したトランクではなく、抱えてきたバスケットを開けて昼食を用意する。


「お父様を呼びましょう、隣の部屋ですもの」


 すぐに扉の外に立つ護衛に伝えられ、お父様が顔を見せた。爽やかなお茶の香りと、ハムやチーズを挟んだパンに気づく。


「昼食をご一緒しませんか? この後忙しくなりますから」


 兄の到着はまだ知らせがない。最高のタイミングだった。最低限の打ち合わせをしておきたい。私の誘いに、お父様はすぐに応じた。


 兄が来たらどうするか。距離感、会話の内容、注意すべき点、それから探るべきこと。パンを頬張りながら決めていくお父様の向かいで、私はサーラの同席を求めた。


 恐縮しながら同じテーブルについた彼女は、これから私とずっと一緒だ。風呂も化粧室も、もちろん食事や寝室さえ。姉妹のように過ごす許可と同時に、お父様は思わぬものをくれた。


「……それは、とても役立ちそうですわ。ありがとうございます」


 お礼を言って素直に受ける。サーラは驚きすぎて声が出なかったが、やがてか細い声で礼を口にした。彼女の身を守るのに、これ以上の盾はないわ。

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