43.王家の威信はすでにない

 王宮には本宮と呼ばれる宮殿の他に、後宮が一つ、離宮が二つある。退位した王族が隠居する宮、結婚した若い王族が住まう宮だ。けれど、現在は両方とも閉鎖されていた。


 王太子フリアンは本宮に住んでおり、王女パストラも後宮内で王妃と暮らしている。男性王族は本宮、女性王族は後宮に分かれた形だった。


 貴族派は事前に騎士と侍女を送り込み、離宮を二つ確保している。話し合いが終わるまで王宮内に留まるか、毎日往復するか。便利さではなく、安全面が考慮された。各家に戻れば、各個撃破される可能性が高まる。上位貴族はともかく、男爵家や子爵家は襲撃されても持ち堪えられない。


 王宮内も危険だが、料理人や身の回りの世話をする者を選抜することで、ある程度は防ぐことができた。何より、王宮内で危害を加えられたなら、他国の親族や王侯貴族へ助けを求める理由になる。他国の介入が始まれば、忖度のない厳しい結果が王家に突きつけられる。


 勝手に危害を加える国王派が現れれば、その罪は王家に問うと事前に宣言がなされていた。この宣言は、隣国ロベルディの国王陛下が証人となる。何か起これば、ロベルディ国が軍事介入する約束だった。


 お母様を蔑ろにされたお祖父様や伯母様は、今もまだ……フェリノス国王を許していない。国のために私情を呑み込み、公爵令嬢に王妃の座を託した。収まったように見えても、水面下で燻る怒りは消えるはずがないのよ。


 馬車が王宮の門をくぐり、離宮のある左側へ進路を取る。がたごとと揺れ始めたのは、離宮の補修をしていなかったからね。庭や建物の手入れは最低限行なっていたけれど、普段使わない道は後回しにされた。


「予算は計上されていたはずだが……?」


 お父様がいらっとした様子で呟く。あまりに揺れるので、隣のサーラが支えてくれた。それを見ていたお父様が、額を押さえ「横領の証拠探しもさせよう」と怒りを滲ませた。


 王家の罪はまだありそうね。次々と現れる杜撰な王家のやり口は、誰が糸を引いているのかしら。


「見えてきた、あれだ」


 お父様が促す視線の先、白い宮殿が見える。屋根も淡い水色で、壁は真っ白だった。綺麗だと思ったのも束の間、近づくにつれて粗が出てくる。ヒビの補修がされていないし、下から蔦が這い上がっていた。あれでは建物が傷んでしまう。


「ひどいですね」


「一ヶ月の予定だったが、半月で終わらせよう」


 様々な不正や横領の調査もあるので、長期予定を組んだお父様も呆れ返った。この調子なら不正の証拠も、ぽろぽろ出てきそう。出迎えた貴族派の重鎮エリサルデ侯爵が一礼する。先に降りたお父様の手を借り、私は会釈を返した。


「フロレンティーノ公爵閣下、ご令嬢様。驚くほど粗末ではありますが、使えそうな部屋をご用意いたしました。どうぞこちらへ」


 ふふっ、笑ってしまう。王家の離宮を、ここまで貶す貴族もそうはいないでしょうね。王家の威信は地に落ちた。


 私達の後ろから別の馬車が到着する。振り返ったサーラは、鍵付きのトランクを手に微笑む。問題ないわ。アプローチを空けるため、お父様のエスコートで離宮に足を踏み入れた。

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