34.正直なら許される話ではない

 日記が手元にある以上、期待はなかった。彼女が嘘をついて、これ以上罪を深めないといいけれど……程度の思いが過ぎる。お父様は敵に容赦しない。だから敵だと認定されないよう、真実だけを話せばよかった。


 簡単だけど、その真実を口にすることが辛いでしょうね。他人事としてそう感じる。どうせ手を貸したのだろうから。


 日記を遡って読めば載っているはずの過去を、伯爵令嬢の口から聞く。なんだか変な感じだった。お父様の忠告は二つ。記憶がないことを黙っていること。相手が話し終わるまで口を挟まないこと。


 話を遮れば、記憶がないこともバレてしまうし。彼女には洗いざらい話してもらいましょう。私はお父様とサーラを連れて、アルベルダ伯爵令嬢のいる部屋に入った。


「匿っていただき……ありがとうございます」


 いきなり「匿われている」と切り出したのは、ブエノ子爵令嬢の死があったから。一歩間違えば、死んでいたのは自分だと理解したはず。侍女が伯爵家から運んだワンピースに袖を通し、彼女は最敬礼を行った。


「お話があると聞いたけれど」


 突き放した態度で応じる。窓際にあるソファに腰掛けたお父様は、無言で腕を組んだ。あくまでも娘が主役、というスタンスをとる。サーラは入り口の壁際に控えた。


 昼間なのに、部屋は薄暗い。レースを完全に閉ざした上で、分厚いカーテンも半分ほど引かれていた。外から狙われると思っているのかしら。接客用のソファに腰掛けた私は、青ざめた彼女を見つめた。


 私からこれ以上促す気はない。話さないなら、部屋を辞して日記を読めばいい。何も期待しないから、失望もなかった。身を起こした伯爵令嬢イネスは、おずおずと向かいに腰を下ろす。


 本来は着座に上位者の許可が必要だけれど、現在、この客間の主はアルベルダ伯爵令嬢だ。公爵家の客人となっている以上、咎める無礼に当たらない。


 ひとつ大きく息を吸い、彼女は顔を上げた。きゅっと唇を引き締める。顔色は全体に悪く、やや窶れた印象を受けた。


「一年前、距離を置くように忠告してくださいました。王太子殿下に睨まれたら、我がアルベルダ家が危ないと。学院でも話をしないよう気遣ってくださったのに……私は恩を仇で返しました」


 無言で先を促す。そう、一年も前に私が注意したのね。ならば、その頃から危険を察知していたことになる。日記の遡る目安になるわ。


「夜会の一ヶ月ほど前でしょうか。ドゥラン侯爵家のお二人に呼ばれました。個室には、王太子殿下と……その……不必要に親しくされる令嬢もご一緒で」


 浮気相手のことね。頷くだけで声に出さず、次の言葉を待つ。


「こう言われたのです。フロレンティーノ公爵令嬢と婚約破棄する。夜会で証言しろ、と。その証言の内容は細かく決められていました。ご存知の通り、あなた様を貶める内容です」


 後で日記を読んだら書いてあるかしら。それともお父様に証言者を探してもらう方が早い? どちらにしろ、この場で問い返す愚は犯せない。


「断れば、国費横領の罪でアルベルダ家を滅ぼすと脅されました。公共工事のお金が、一部消えて騒ぎになった噂は知っておりましたので、焦ってしまって。もし本当に父が関わっていたらと思うと、両親に相談もできず……本当に申し訳ございません」


 今になれば、嘘だったとわかる。はね除けようと思えば可能だった。けれど、彼女は公爵家と王家を天秤に掛けたのね。わかりやすい構図に、ちらちらと不穏な気配を見つけて、私は額を押さえた。

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