33.ようやく話す気になったの?

 夜中に日記を読まないよう、お父様が執事に預けた。明日までお預けとなった私は、大人しくベッドに入る。疲れてしまって入浴も翌日に回したほど。


「お嬢様、何も心配なさらずお休みください」


 ここでお守りします。そう告げるサーラに、明日も仕事があるんだから寝てねと微笑んだ。大丈夫よ、今の私は王太子に情がない。切り捨てることは簡単だし、あれほど嫌われ危害を加えた相手を気遣う理由もないわ。


 眠るまでは見守りたいと願うサーラに、私はぽつりと呟いた。


「どうして、周囲は誰も助けてくれなかったのかしらね」


 王太子のせいで友人とも距離を置いた。学院で一人で過ごし、王太子に苦しめられ、ぞんざいに扱われ。浮気の目撃者も多数いただろう。なのに、誰も声を上げなかった。それほど、この国の王族は偉いのかしら。


 サーラはきゅっと唇を噛む。ああ、そんな顔をさせたかったわけじゃないの。首を横に振り、目を閉じた。こうなるから、言えなかったのね。それでも耐えきれず父親に相談し、傷ついて心を閉ざした。


 たった数日分を読むだけでこれほど疲れるのに、明日はどの程度読み進められるか。不安が湧き起こる。それでも、目を逸らすわけにいかなかった。私の知りたがった過去に、ようやく手が届くのだもの。






 眠った実感がないほど、短い時間で目が覚めた。窓を見れば、すでに朝日が昇ったらしい。カーテンの隙間から、細く光が入っていた。泥のように眠るって、こういう場面で使うのね。目を閉じて開いただけと錯覚するほど、夢の記憶ひとつない。


「お嬢様、おはようございます」


「おはよう、サーラ」


 何もなかったように振る舞うサーラがカーテンを開け、薄い水色のワンピースを選んだ。


「こちらでいかがでしょうか」


「お願いするわ」


 化粧も髪型もすべてお任せだ。ハーフアップにした銀髪に、珊瑚の髪飾りが留められた。オレンジとピンクが混じったような柔らかな色だった。ほんのり化粧を施し、食堂へ向かう。すでにお父様は着席していた。


「おはようございます」


「ああ、おはよう。アリーチェ、眠れたようだな」


 ほっとした顔の父が合図すると、料理が運ばれる。執事のカミロが、日記の入った袋をテーブルに置いた。自然と目が日記を追ってしまう。


「今日の予定はないから、同席させてくれ」


「はい、お願いします」


 一人で読む勇気はなかった。恐怖で指先が震える。どんな目に遭わされたのか、想像だけでぞっとした。それでも知らずに後悔するなら、知って泣く方がいい。


「旦那様」


 侍従が運んできたメモを、カミロがお父様に差し出す。書かれた文字に眉を寄せ、デザートの果物に手をつけた私に回ってきた。


「アルベルダ伯爵令嬢が、アリーチェと話したいそうだ」


「……お父様とサーラの同席が最低条件ですわ」


 それならば構わない。返事を伝えに侍従が二階へ向かった。そういえば、日記が見つかって後回しにしたけれど、彼女は昨日目覚めていたのだったわ。


 話したい、曖昧な表現は何を意味するのか。伯爵令嬢の話に、日記以上の価値があるか。冷めた私と期待する私が、同時に存在する。期待を裏切られる可能性を考慮しながら、赤い苺を口に入れた。

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