28.対処しなかったお父様の懺悔
綺麗に整えられた小道を進み、森になった一角にシートを敷いて座った。何か話があるはず、そう思って待つ私に、お父様は何度か言い淀んで切り出す。
「ずっと謝りたかったのだ。アレッシアの死後、俺は仕事に没頭した。寂しかったし悲しかったからな。お前達も同じ気持ちだと、思いやれなかった」
思っていた方向と違う。そう思ったものの、私は黙って聞き手に徹した。今後も私はお父様の庇護下で生きていく。敵に回したくないのがひとつ、もうひとつは過去に言及するお父様に興味を引かれた。毒を盛られる前の私でさえ知らなかった一面が、ここでさらけ出されるのだから。
見上げるほど背が高く、筋肉の鎧をまとった屈強な体でも……こうして肩を丸めてしまえば小さく見える。何も言わない私に目を合わせ、お父様は震える息を吸って吐いた。
「アレッシアを今でも愛している。いつの間にか、アリーチェもそっくりになったな」
「似ていますか?」
「ああ、髪色こそ俺に似たが……目元はそっくりだ」
なぜか目の奥がじわりと熱く、鼻がつんと痛んだ。涙が零れそう、ぐっと力を込めて目を見開き深呼吸する。お母様の肖像画はとても綺麗だった。少しでも似ていて、お父様の慰めになるなら良かったわ。素直にそう思えた。
「記憶をなくす前、お前は一度だけ俺に相談をしていたんだ。その時、どうしてもっと気遣えなかったのか。ずっと悔やんできた。話さないのはフェアじゃないだろう」
お父様にとっては隠しておきたい失点なのね。話す決断をしてくれたことが嬉しい。
「婚約破棄の半年近く前か、アリーチェは俺に弱音を吐いた。王太子との婚約を解消してほしい、と。彼は他に好きな人がいて、もう一緒にいても苦痛しか感じないから。そう言って涙をみせた」
思い出したようで、父の顔が歪む。
「もっと話を聞けばよかった。だが、俺はどう接したらよいか分からず、突き放してしまった。なんて身勝手なことを言うのか、政略結婚の意味を考えろと……声を
想像がつく。きっと必死の思いで吐き出した弱音だったの。政略結婚なのは百も承知で、それでも「可哀想に」と傷付いた心を理解してほしかった。たとえ婚約の解消が無理でも、その時に対応してもらえていたら……何か違ったかもしれない。いいえ、覚えてもいない過去を勝手に悔やんでも仕方ないわ。
「話してくださってありがとうございます、お父様」
「あの夜会まで放置した俺は、最悪の親だ」
否定も肯定もできない。だって、その時の気持ちを私は覚えていないのだから。今なら赤い表紙の日記帳に記すでしょう……そうだわ。
「お父様、ひとつお聞きします。以前の私は、日記などをどこに片付けていましたか? 部屋に見当たらないのです」
「日記か……部屋は触っていない。大事な手紙は黒い箱に入れて眠らせるとか……おまじないの類だろうと聞き流したが」
「黒い、箱」
部屋で見かけた覚えはない。侍女のサーラなら知っているはずよね。後で探してもらおう。
お父様は話して気が楽になったのか、エスコートの手を差し出した。素直に腕を絡めて歩き、途中で躓いたことで抱き上げられて戻る。使用人の目が恥ずかしいけれど、自室のベッドに優しく下ろされた。
「サーラ、足を冷やしてやってくれ。医者は手配する」
大げさだと思ったが、素直に受け入れた。アルベルダ伯爵令嬢の件があるので、医者が滞在している。診てもらえばお父様も安心してくれるだろう。微笑んで了承したが、なぜか父は離れずにずっと付き添った。そういえば……今はお仕事を辞めて時間が余っているのね。
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