27.誰も納得しない王太子の処分

 混乱して気を失ったアルベルダ伯爵令嬢は、翌朝まで目覚めなかった。ここに滞在することも含め、話をするために客間へ足を運ぶ。


 サーラのノックで扉が開いた。風変わりなノックの音で、侍女がちらりと顔を見せる。この侍女はアルベルダ伯爵家から送られてきた子ね。見覚えのない侍女は、すぐに一礼して中へ招き入れた。


「おはようございます。アルベルダ伯爵令嬢、ご機嫌はいかが?」


「おはようございます。ベッドの上で失礼致します」


 熱が出たと聞いている。だから、身を起こそうとした彼女を手で押し留めた。公爵令嬢の地位は高いけれど、病人を起こして挨拶させるほど偉くない。私はそう考えるが、彼女は萎縮していた。


「アルベルダ家には、体調が回復するまでお預かりすると伝えました。この屋敷内にいれば安心ですわ」


 体調不良に関する話にも聞こえるし、毒殺や暗殺への防御にも取れる。どちらとも付かない曖昧な濁し方をして、私は朝食を運ぶよう命じた。


「ゆっくり静養なさってね。私もお父様も屋敷にいるから、退屈なら話し相手になれるわよ」


 にっこり笑う。貴族令嬢として貼り付ける仮面のような笑顔だ。内心の想いや考えを一切外に出さず、ただ美しく微笑む。淑女の微笑みなんて呼ぶ人もいた。私にしたら仮面でしかないけれど。


 遠回しに、全部話してしまえと圧力をかけて立ち上がった。運ばれた朝食とすれ違いに部屋を出る。


「お父様は食堂ね。私も向かいます」


 サーラを連れて廊下を歩き、ふと気になった。この屋敷内で、私に危害を加える者はいない。少なくとも現時点で危険な動きはなかった。でも、彼女に対しては? 当家に傾倒していれば、アルベルダ伯爵令嬢の行いをちゅうしようと考える者がいるかもしれない。


 ちらりとサーラに目をやるも、こういった話はお父様にした方がいいと考え直した。食堂で席に落ち着き、遅れてきた父に相談する。謀略や策略を何度も潜り抜けた父は、こういった面で秀でていた。


「すでに手を打った。よく気づいたな」


「いえ……実はノックの音が風変わりだったので、もしかしたら? と思いまして」


 パンをちぎって口に入れた。咀嚼する間に、対策の内容をざっと聞く。執事カミロもいくつか補足を入れた。


「我が家では安全に過ごせますのね?」


「ああ、大切な証人をむざむざと失うわけにいくまい」


 にやりと笑ったお父様の表情に、伯爵令嬢への気遣いはなかった。フロレンティーノ公爵家として預かった身柄の安全確保、重要な情報を持つ令嬢を傷付けずに証人として保護する。さらに彼女を逃さない。すべてに自信があるからね。


 朝食を終えたテーブルに、珈琲が用意された。砂糖をひと匙とミルクをたっぷり。お父様の前に置かれたカップは、すでに珈琲の色をしていなかった。


「王太子の処分が確定した。半年の謹慎と、我がフロレンティーノ公爵家への慰謝料だ」


「それだけ、ですか?」


「当然、どの貴族も納得などしていないさ。側近達に関しては、まだ結論が出ていない」


「浮気相手はお咎めなし、でしょうか」


「あの女に関しては、情報が統制されているようだ。元国王派のある貴族が探りを入れている」


 元国王派だが、いまは貴族派に乗り換えた。しかし表面上は国王派のフリをして、情報を集めているらしい。そのため、その家の名は口に出なかった。知ったからと私に利益があるわけでもなく、尋ねる必要も感じない。


「アルベルダ伯爵令嬢は、浮気相手について知っているはずですね」


「ああ、熱が下がったら尋ねるとしよう」


 珈琲を飲み干したお父様は、そのあと意外なことを言い出した。


「今日は屋敷の庭を散歩しようと思うが、一緒にどうだ?」


 突然の申し出に、迷うことなく頷いた。

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