16.足元を揺るがす驚くべき判断

 午後のお茶会に合わせ、ドレスと宝飾品を選ぶ。お父様の同席が認められたことで、心配は半分になった。少なくとも、私一人がつるし上げられる状況は考えられない。交換条件なのか、王女殿下が同席されることが決まった。


 絵姿と評判は頭に入れた。大人しく内向的な王女殿下は、兄である王太子と合わないらしい。同じ女性であることも含め、期待する部分もあった。もしかしたら、王家の中に私の味方がいるかもしれない。


「お茶会では明るい色を纏うのが作法だったわね」


「はい、こちらのお色はどれを選ばれても問題ございません」


 個人の関係や貴族の家同士の柵は思い出せない。けれど、作法やダンスは体に馴染んでいた。考える前に体が動くので、不自由は感じない。念のために、侍女であるサーラを交えて色を選んだ。銀髪に桃色の瞳では、明るい色のドレスは印象がぼやけてしまう。


「この辺かしら」


「王妃殿下は水色、王女殿下はラベンダーをお選びと伺っております」


 難しい。ピンクは避けたいし、濃色はダメ。水色とラベンダーはどちらも青色系だった。対決するように赤系を強調するのは無用な警戒を生む。どちらとも相性のいい色があればいいけれど……反対色の黄色とミントはやめよう。そっと遠ざけた。


「こちらのお色はいかがでしょう」


 並んでいた色とは別に、サーラが勧めたのはオフホワイトに紺色のラインが入ったドレスだった。ラインは細くて、ほとんど目立たない。けれど、差し色が入っているお陰で全体に青色に近い印象があった。水色ともラベンダーとも反発しない。よく見れば、紺のラインに銀糸が交ぜられている。


「素敵ね、これにするわ」


 お礼を言って選んだドレスに宝飾品を合わせる。ラリマーという空色の半貴石の耳飾りとブレスレットを選ぶ。首までレースに覆われたドレスなので、首飾りは省略した。屋外でのお茶会ならば、光る宝石は失礼にあたる。色が被る宝石も避けたかったので、二人が選ばないだろう宝石に決めた。


 水色やラベンダーのドレスでは、同じ青色系の宝石は同化する。違う色を選ぶはずだと考えた。しかし彼女らの色に寄せることで、敵対する意思はないと示すことも可能だ。貴族の裏の読み合いは面倒だけれど、ぴたりと嵌れば気分がいい。


「これでいい」


 髪はハーフアップにして、真珠の入った髪飾りで留める予定だ。夕食時に装飾品とドレスの話をしたところ、真珠が入ったブローチで揃えることになった。カフスをラリマーで揃えたいとお父様がぼやいたけれど、一般的には珍しい部類に入る。残念ながら、諦めてもらった。


 午前中から着飾ってお昼前には屋敷を出る。明日のお茶会に備え、早く休むことにした。


「おやすみ、アリーチェ」


「おやすみなさいませ、お父様」


 スカートを摘んで挨拶し、部屋に戻る。ベッドに潜り、ふと気になった。父は「リチェ」と愛称を呼ぶより、「アリーチェ」と呼ぶことが多い。兄はずっと「リチェ」呼びだった。呼び慣れていない? それとも、別の意図があるのかしら。


 考え込んだものの、一人で答えの出せる疑問ではない。寝不足で敵地へ向かうのは良くないと、慌てて目を閉じた。思ったより疲れていたのか、すぐに眠りは訪れた。






 お父様と向かい合って馬車に乗り、揺られながら王宮を目指す。


「アリーチェ、ひとつだけ……話しておく」


「はい」


「王太子は謹慎程度の罰で終わる可能性が出てきた」


「……はい?」


 貴族の頂点に立つ公爵家の令嬢に冤罪を掛け、婚約者を蔑ろにして公然と浮気し、側近を使って私を殺そうとしたのに? 問い返すと言うより、問い質す鋭い声が喉の奥を震わせた。


「絶対に認めんが、な」


 大柄な父がさらに大きく、頼もしく見えた。両ひじを掴んで腕を組んだ形の父の指は、震えるほど力が込められている。その怒りを感じ取り、私は大きく息を吐き出した。記憶がなくても分かるわ、なんて愚かな国王陛下なのかしらね。

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