17.先に出方を確認しよう

 案内されたのは、庭園の中央にある噴水を抜けた先だった。噴水が派手で目立つので、後ろ側の東屋はまず目に入らない。隠れ家のような雰囲気があった。王宮側からはほぼ見えず、けれど噴水のお陰で涼しさを感じられる。水音が続くので、話の内容を盗み聞きされる可能性も低かった。


 これはどちらの意味で用意されたのか。私達に謝罪を行うつもりとも、逆に周囲から見えない場所で何か仕掛けるとも取れる。腕を組んだお父様は歩調を緩め、私に合わせてくれていた。ちらりと視線を向ければ、口元が笑みを湛えている。どうやら問題なさそうね。


 公爵である父が味方と判断してから、とても気持ちが楽になった。少なくとも、王家が横暴を振りかざしても対抗する手段が残されている。公爵である父を排除しなければ、私に手が出せない。自分にそう言い聞かせなくては、敵の本拠地である王宮に足を踏み入れるのは怖かった。


「安心しろ、何があっても守る」


 僅かに震えたのを察した父が、頼もしい言葉をくれる。微笑んで頷いた。今度こそ守ると約束したお父様は、私の味方であると示すように真珠のブローチを付けた。その場所にあった一際大きな勲章をひとつ外して。たくさんある勲章のひとつであっても、気持ちが嬉しい。


 顔を上げて案内の侍従の後ろを歩き、噴水の脇を抜けて東屋に足を踏み入れた。懐かしさは感じない。初めて来たのか、思い入れがないのか。特に嫌な感じもなかったので、安心したのが正直なところだ。


「アリーチェ」


 促されて着座する。用意された椅子は四つ。予定通りの顔ぶれで変更はない。父も右隣に腰掛けた。紅茶を用意する侍女の姿に、私の肩がびくりと揺れる。心得たように、お父様が侍女に声をかけた。


「悪いが、紅茶は遠慮しよう。ハーブティか珈琲があればありがたい」


「気が利かず申し訳ございません。すぐにご用意いたします」


 あっという間にハーブティが用意される。薄い緑の水色すいしょくのカップから、ミントの香りがした。ほっとする。紅茶なら恐ろしくて口を付けられない……あら、お父様にお話ししたかしら?


 侍女が一礼して離れたタイミングで、お父様がこっそり教えてくれた。夕食後の紅茶に怯えた夜から数日後、サーラからハーブティなら飲めると聞いたみたい。


「俺も気が利かないからな、あの日は悪かった」


 毒を飲まされた姿は見たけれど、紅茶に入っていたと知らなかったのね。私の心の傷に寄り添うお父様の謝罪に、首を横に振った。嬉しくて涙が零れそう。でも化粧が取れてしまうわ。


「大きな目がそうして潤むと、アレッシアにそっくりだ」


 肖像画に記されたお母様のお名前だわ。貴族名鑑を調べた際、お父様の妻の欄に名前が記されていた。亡くなっても再婚しなければ、配偶者欄は変更されない。お母様を愛していた証拠なのだろう。私の顔立ちはお父様に似ているけれど、目元はお母様にそっくりだった。


 懐かしむように目を細めたお父様が、はっとした様子で姿勢を正して席を立つ。私も父に倣って立ち上がった。正面から入った女性は二人、王妃殿下と王女殿下だった。首までしっかり覆った水色のドレスを纏う王妃様はやつれた印象で、王女殿下は目の下に隈が出来ている。


 心労か、体調か。口に出さない方がいいと判断した。先に出方を確認しよう。


「……かけて頂戴」


 王妃様の一言で、私と父は着座する。全員が席に着いたあと、無言の時間が続いた。噴水の水音のお陰で、沈黙が重くない。お茶と茶菓子を用意し終えると、王妃様は侍女や侍従を下がらせた。声が聞こえない距離まで遠ざかったのを確認して、お二人は頭を下げる。


「本当に申し訳ないことをしました。お詫びのしようがありません」


「お兄様とお父様がごめんなさい」


 答えることが出来ず、私は黙ってお二人を見つめていた。

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