15.王妃殿下からのお誘いの真意は
父は、朝食の席で私に手紙を見せるようになった。隠さないことが誠実さの証になると、ようやく気付いてくれたみたい。だから私も隠れて執事から奪わなくて済む。執事が開封して渡す手紙を父と並んで目を通した。
私に届く手紙は、常に父と一緒に開く。その約束をしたら、父は安心したようだった。お父様と呼べば、嬉しそうに頬を緩める。大柄な男性なのに、父に対して恐怖を覚えなかった。きっと、過去の私はお父様を信頼していたのだろう。そう感じた。
「これは……断っておく」
執事が目の前でペーパーナイフを入れた白い封筒は、四隅に銀箔が押してあった。高価なのはもちろん、普段使いする封筒ではない。父の太い指が取り出したのは、一枚のカードと便箋だった。カードは招待状と記されている。
「夜会?」
「いや、お茶会だな」
型通りに書かれた飾り文字の招待状の下に「ぜひいらして」と女性の署名付きで追記がされている。署名は崩されていて読みづらいけれど、フェリノスと国名が入っていた。
「どなたですか?」
「王妃殿下だ」
貴族の名前を覚え直そうと、部屋で貴族名鑑を読んだ。その際に覚えた名前が零れ出る。
「カロリーナ・ド・フェリノス王妃殿下……」
「さすがはアリーチェだ。もう覚えたのだな」
こくんと頷き、署名をじっくり見つめる。見覚えはなかった。いや、記憶にないだけだろう。王太子の婚約者であったなら、義母になる王妃殿下と交流がないのはおかしい。
「お断りして角が立たないのですか?」
公爵は貴族の頂点だが、その上に王族がいる。ならば、国主の妻に逆らうのは問題があるのでは? 素直に疑問をぶつけたのは、この席に兄がいないからだ。
記憶喪失だが、私が日常生活を送れるようになったことで、兄は貴族学院へ戻った。首席の地位を守って卒業したいと口にしたが、正直、疑っている。実は私と一緒にいることで、思い出されたら都合が悪いのではないか。そう考えていた。
「先に我が家を蔑ろにしたのは王家だ。構わんさ」
まったく気にしない。お前の方が大切だ。そう滲ませた視線はくすぐったい。筋肉がしっかりついた温かな腕も、何とか膝に乗ってもらおうと画策する大人げないやりとりも、なぜか心地よかった。でも記憶をなくすまでの私への応対とは違うのだろう。
執事カミロや侍女サーラは驚いた顔を隠さなかった。それが不思議で、同時になぜか面白い。以前にサーラは私を「自信に満ちた」と表現したことがある。過去の私は公爵令嬢らしい振る舞いをしたのだろう。自分に自信を持ち、傲慢で高貴さを感じさせるご令嬢として。
今の私はだいぶ違う。それでも、父は嬉しそうに私に構った。これが一つの答えなのだ。今のままを肯定する父がいれば、私は顔を上げて堂々と振る舞うことが出来る。
「お父様同席でお茶会は可能ですか?」
「……嫌だと言わせない」
記憶のない私がどこまでやれるか分からない。それでも過去を知りたいと思うし、不当に扱われたなら償わせたかった。公爵であるお父様を味方に出来るなら、王族側の出方を見るのもひとつだわ。私を断罪したという王太子と、庇った国王――彼らと同じ側に立つなら、王妃殿下も敵になるのだから。
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