フォビア
「愛は確かジョブを巫女って言ってたよね」
風花の口調はいつもと変わらないように思えたが、危機を感じた。
危機に反応して鋭敏になった感覚は、言葉に怒りや恐怖が混じっていると言っている。
「さくら」
宝木さんは短く風花さんの名前を呼んだ。
「まずごめんね。ふたりとも。さくらが仲間に隠し事をされるのが嫌いなのは知っているけど、一応理由があるの。聞いてくれる?」
風花さんは黙って頷いた。
「勇気くんはあの撮影までにダンジョンに一度も潜らなかった。そしてジョブについて、剣士と偽っていた。それでジョブである勇者を隠したいのかなぁって」
探索者として登録されていないから、公的にダンジョンを潜ったことはないことは確かに分かるだろう。
でも、全てのダンジョンがギルドに管理されているわけでもない。
どこまで調べたのだろうか
「だから勇者に繋がるかもしれない聖女というジョブを誤魔化したの。あと、聖女というジョブも少し名前が特別で、トラブルを起こしやすそうでしょう?」
光矢さんは微笑んだ。
「ごめん、八つ当たりだった」
風花さんも謝った。
「私も嘘をついててごめんね」
「話を戻そう。高位探索者とのコネをどうやって作る?次の動画の企画として、探索者へのインタビューなどでもするか?」
「ギルドに仲介してもらって、インタビュー前後にこちらに興味を持ってもらう感じかな!良いと思う!」
「私も賛成。あとでマネージャーさん達に出す用の企画書つくるから、出す前にチェックお願い」
「了解」
「ありがとね!」
風花さんはちらりと時計を見た。
僕もつられて時計を見る。9時50分ほど。
確か始まったのが9時半くらいだったから、20分ほど経ったのか。
「ほかはみんな確認しておきたいことはある?」
「ないな」
「ないよ!」
「大丈夫です」
「じゃあ会議終了ーー、お疲れ様ーー」
風花さんがゆるく〆た。〆た!?会議ってそんな早く終わるものなんだろうか。
風花さんが多分企画書作成のために部屋から出ていき、宝木さんが議事録を付けていたパソコンに目を落とした。
光矢さんが口を開いた。
「本当はみんなで遊びに行きたいんだけど……どうやってスキャンダルにしないかが難しいんだよね!」
元々売れていた方たちだ。週刊誌などにスクープの恐怖はよく知っているんだろう。
「だから部屋で遊ぶ が基本になっちゃうかも。ちなみに、勇気くんは好きなボードゲームとかある?」
「あんまり詳しくないです。友達と遊ぶときも基本はツイッチの大乱闘スカッシュシスターズや、ドリオカートみたいなのばっかりだったので」
「あぁー、ゲームが多いんだ。あはは、話を自分から振っておいてあれなんだけど、実はそういう娯楽に多分私が一番疎いんだよね!遥が兄弟姉妹とやってたから一番詳しくって、さくらも結構ゲームしてるし」
「光矢さんは普段はどんなことをされるんですか?」
「光矢さん?」
光矢さんのふにゃりとした笑顔の質が少し変わった気がした。
少し危機を感じて鋭くなった頭は、最初に会った時のことを思い出していた。
「あ、愛さん」
「そうだよ!あ、あときちんと他のメンバー、特にさくらはちゃんとさくらって呼ぶんだよ!」
そうは言っても……
「風花さんも僕のことを鬼崎くんって呼んでますし……半ば冗談なのかと」
正直風花さんの言葉はどこまで本心か良く分からない。
だけど、光矢さん、いや愛さんは困ったような表情を浮かべた。
「どっちかが距離を詰めないと、距離は絶対に縮まらないよ!……さくらは、きっと自分からは詰められないから。初対面のときみたいに遥が先に詰めてくれれば詰められるんだろうけど……」
初対面のときからアクセル全開だった発言と、愛さんの言葉はどうも結びつかなかった。
「さくらは勇気くんが「さくら」って呼んでくれたら喜ぶし、「勇気くん」って呼んで距離を詰めかえしてくれると思うよ。あと、今まで一対一で割れていたから、多分呼ぶことをさけていた遥も「勇気くん」って呼ぶと思う」
宝木さんはパソコンから目線をあげなかった。
愛さんが悩ましげに呟く。
「さくらの発言は、偽装天然が半分くらいあるから……素の天然も半分くらいあるんだけどね」
「ね、遥」
先程と声量は変わらなかったが、今度は宝木さんはパソコンから目線をあげた。
「……さくらのことを「さくら」と呼ぶなら私のこともぜひ「遥」と呼んでくれ」
言われてみれば、宝木さんに一度も鬼崎くんとも、勇気くんとも呼ばれた記憶がない。
そしてこの発言も多数派に合わせてくれという言葉だ。
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