尋問、ささやき、気まずい食事

朝多少のトラブルはあったものの、事前の打ち合わせで今朝は朝食を一緒に取ろうと言われていたので、今光矢さんの部屋のリビングに居る。


でも、誘ってくれた光矢さんは宝木さんと料理を作っており、リビングには僕と風花さんの2人だけだった。


そして、僕はまるで尋問かな?と思うほど、矢継早次に質問を受けていた。


「好きな食べ物は?」


「梨です」


「週末何をして過ごすことが多い?」


「寝てたり本を読んだりが多いです」


「趣味とかってある?」


「えぇっと……」


淡々と質問を続ける風花さん。対面に座っているが、お見合いなどといった雰囲気ではなく、面接を思い出す。


これって逆に質問したほうが良いんだろうか。


「本を読むことが趣味です。風花さんはどうですか?」


「私?私は……」

目をぱちくりさせてフリーズした。


「ちょっと待って」

そう言って傍らにあった本をめくる。


本のタイトルは――「コミュ障でも出来る!正しい距離の詰め方!」


「質問をされた時、質問をされた時。えーっと、話が広げやすいような返しをしたり、相手との共通点を作ろう!……私も本を読むことが好き」


「……そうなんですね!どんな本を読まれるんですか?」


「ドグラ・マグラとか?」


「……難しい本を読んでらっしゃるんですね。タイトルだけ知ってます。どんなあらすじなんですか?」


「ロリータと同じで誤解されやすいけど、探偵小説。主人公が頭がおかしくなりそうな環境の中で真実に近づいていって、でも不可思議な点はきちんと残る。そんなちょっと変わった小説」


「へぇ〜、そうなんですね。少しとっつきにくそうですが、たしかに面白そうです」


「……」


「……」


僕自身もそんなにコミュニケーション能力が高くない。

そして朝っぱらからのハプニング、朝食をご馳走するからと言って部屋に連れ込まれたなかで、どう軽快に話せば良いのだろうか。


必死に話題を探していると、風花さんは突然立ち上がり、僕の隣に座ってきた。


ふわりと、風花さんのいい匂いを感じる。しかし展開が全く理解できず、もうなすがままで良いんじゃないだろうかという気分になってくる。


風花さんはそのまま僕の肩に手を載せ、とても綺麗で涼やかな声でささやく。


「耳元で囁かれるって需要があるって聞いたことがある」


「熱中症」


「甘えん坊さんなんだね」


「耳かきしてあげようか?膝枕付きで」

思わず首を振り、風花さんを見つめる。が、風花さんの表情は何も変わらない。


「よくよく考えたら――私、雑談苦手だった。だから、真面目なお話で良い?」


風花さんがささやく。僕は大きく頷いた。


「ゴールはとりあえず決めなきゃね……新宿ダンジョンの第10層への到達か、領土の奪還」


「……どちらも凄い偉業ですね」

新宿ダンジョンは未だ8層までしか到達しておらず、領土の奪還の難易度の高さは言わずもがなだ。

スタンピードの際に人間が撤退し、モンスターに占領されてしまった場所は多いが、大抵の場所は近代兵器の火力によって奪還されている。


しかし、未だ奪還できていない場所は少ないが確かに存在し、それらの場所は逆説的に、近代兵器を用いても奪還できないほどのモンスターが強く多い場所だ。


「そう。ついでにそこで負傷したことにしてパーティー解散がベストかな。流石にずっと戦わせられるのは勘弁」


「気になっていてんですが、なんで風花さんはダンジョンに潜ろうと思ったんですか?」

「何故かそうしなきゃと思ったから。そして政府から依頼がきて、メンバーの愛のやる気が凄いから」


「何故か潜らなきゃいけないと思う……僕にも覚えがあります」


「多分、私達はダンジョンに呼ばれている。そして日本国民みんな多かれ少なかれダンジョンに酔ってる」


「歓談中申し訳ないが、朝食ができたぞ」

お盆を持った宝木さんがこちらを少し呆れたようにこちらを見ている。


「朝ごはん出来たよー!」

光矢さんもお盆を持ってこちらに向かってきた。


そのままテーブルの上に朝食が置かれていく。


白ごはんにお味噌汁、鮭の塩焼き、きゅうりの浅漬。

デザートに切り分けられた梨とヨーグルト。


凄くちゃんとした朝食だった。


「ありがとうございます」


「ありがとう。さっき鬼崎くんには話していたけれど、食後パーティーのゴールについて決めたい」


「了解!」


「分かった」


みんなで手を合わせて

「「「「いただきます」」」」




食事はどれもとても美味しく、「とても美味しいです」と伝えたが、光矢さんも宝木さんも一度箸を箸置きにきちんと置いて、「ありがとうございます」と言ってすぐにまた食事に戻った。


誰も喋らず、かといってテレビを付けたりすることもなく、食事は無言で進んでいった。

全員食器で音を立てることもなかったから、大変静かだった。


正直気まずかった。


皆が羨むシチュエーションかもしれないが、作法のきちんとした人に囲まれて愉快にはしゃげる人もまた居ないと思う。


光矢さんのぽんこつさや、風花さんのコミュ障さが露呈してしまったが、次は宝木さんの何かを知ってしまうんだろうか。


テレビの中の人は、実はきちんと血の通った人間で、人間と付き合うことはやっぱり難しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る