学校③

「『俺、カツェン・レスペデーサは立ち上がり、この状況を変えてみせる。さあ同志よ、里の全てを破壊せよ』。その合図とともに、里中で爆発音が聞こえて……」

 脳内に流れ込んでくるテレパシーを耳で流しながら、鳥に乗り、全速力で里に戻っていた。

 この計画は、おそらく前々から立てられていたのだろう。でなければ、こんなに早く行動することなんてできない。

 事態は最悪の状況に近かった。

 ヨーデルの話によれば、長い呼びかけが始まった段階で里のあちこちで爆発音が響き渡り、それを皮切りに学校で戦闘が始まったという。

 カツェン一派の力量は、同年代随一。元々素質があるメンバーが集まっているから、そこら辺の有象無象では手も足も出ない。なんなら里全体で考えてもトップクラスの実力だ。これはもう才能としか言いようがない。生まれ持った魔法の素質も技術も、すべて天覚によって底上げされているのだから。

 そんな奴ら相手に歯が立つはずもない。カツェン側が先に勝負を切ったとしても力攻めで押し込んで、数的不利を打開することが可能なのだ。

「今は校舎北側に立てこもって応戦してるけど、戦況は芳しくない」

「まだ人数は味方側の方が多いんだろう?」

「いや、学校に残ってたメンバーはカツェン派の方が多いから、戦力は同数くらいだ!」

 現在の時刻は午後四時ごろ。学校に残っている奴らは少なくなっているだろう。それでも学校に一定の戦力を割り当てているのは、今の里では若い世代が頭一つ抜けて強いため先に始末したいというのと、制圧後に学校で籠城して拠点化するからだろう。

「今は耐えろ。それしか言えないが頼む」

「あぁわかっ、ぎゃぁああああ――」

 ぶつん。

 テレパシーが突然切れた。テレパシーが強制的に切れたということは脳内での会話すらできない状況にある。

 つまり、

「ヴィーガン」

フラーデベルの声。その声には怒りが込められていて。

「戦況は不利。少なくとも、学校側はもう遅いかもしれない」

「そうだな」

 フラーデベルの主張は分かる。

「私たちが優先すべきは、他のところにいるクーデター派を倒すこと」

 そうだろうとも。

 それでも。

「僕は学校に向かう」

「分かってるわよね、私が何を言いたいか」

「このまま学校を拠点化されるのはまずい。少数とはいえ、戦力的に影響のあるカツェン派に立てこもられたら、反乱が長期化する」

 本当は、彼女自身が学校に行きたいのだ。彼女が直接学校に行って仲間を救いたいのだ。しかし彼女には彼女の仕事がある。自分の生家でかつ里の重鎮のひとりである親の元へ駆けつけなければならない。

 一族を重んじる。里の掟だった。

 僕に家族はいない。とある任務の途中で親は死んだ。

 十歳の時だ。丁度、フラーデベルと暮らす前。物心つく前とはいかないかもしれないが、その頃には里の境遇を理解できたのでそこまで驚かなかったし、悲しくはなかった。

 その時から、何か、大切なものが欠け落ちた気がするが。

「ヴィーガン、もちろんだけれど」

「無茶はしない。大丈夫、あいつらに後れを取る程腑抜けてないよ」

 くっきりとした目がこちらを見つめる。

「後で合流するわよ」

 それ以上の言葉はなかった。要らなかった。

 フラーデベルは奥へ、自分は直進して。飛べば学校までは五分もかからない。すぐに学校が見えてくる。

「ここからどうするかな」

 ざっと視たところ、学校にいるのは敵味方合わせて二百人くらいか。意外と多いが、反乱勢力に拘束された人がいるからだろう。何秒か考えたのち、そのまま突っ込もうと決めた。変に策をめぐらすよりは、正面突破した方が早い。そう判断した。

「ヴィーガンだ、ヴィーガンが戻ってきたぞ!」

 見張りか。すぐに状況を伝える姿勢は見事だが、遅い。

 魔弾でヘッドショットして脳震盪を起こさせる。後で聞くことがあるので、とりあえず殺さない。

 学校の敷地に着陸した頃には、校舎からパラパラと数人が出てきた。

「いいか、相手は同期でもトップクラスの猛者だ。ひとりだけで……グァ‼」

 警告とは呑気なものだ。

ナイフの柄を腹に突く。そのまま相手の胴を足場として一気に四人まとめて蹴りつける。それで終わらせた。

 後は校内に入って鎮圧するだけだ。

 校内の構造は平屋一階建ての木造建築で、そこまで複雑な造りではない。目的のためにいくつか棟が分かれていて、残った生徒は北側の棟で応戦していると言っていた。

 何人か敵とすれ違ったが一撃で沈めてきた。間に合え、間に合えと思いながら北棟に向かう。

「遅かったわね」

 火が、ごうごうと燃えあがる。

 強い血の匂いがする。今も何人か焼けているのだろう。反射的に胸の奥底から嫌悪感が浮かび上がっているのを感じた。

「よく手に掛けられるな」

 話し相手はカツェン派の中でも実力者。そしてその取り巻き。何人か指導教員もいる。こいつらはともかくとして、教員が自分の生徒を手にかけるというのは理解に苦しんだ。

 教員は脅されて嫌々という感じでもない。なんなら教員側の方が嬉々として、あちら側に立っている風に見える。

「必要な犠牲です」

 教員の一人が酔ったような声で言う。

「必要な犠牲とはなんだ。自分の教えている生徒を手にかけて、血祭りにすることか!」

 自分でも、ここまで大きな声を出したのは意外だった。肚の奥底から叫ぶ何かが自分を突き動かす。

「あなたが言いますか。あなたこそ仲間を躊躇もなく攻撃してきたくせに」

「そうだな。お前らみたいに自ら不意打ちを仕掛ける卑怯者ではないが」

「なんだと」

 ようやく余裕そうなその面を壊せた。気に食わないその顔は、歪んで怒りに満ち溢れていることが伝わる。

「そんなに新しい里とやらを望むなら、勝手に夜逃げでもすればよかっただろう」

「里は逃げだしたものは許さないでしょう。徹底的に里を叩きのめす必要がある。それに、」

「その辺で終わりよ先生」

 まだ高弁を垂れる教員を、リーダー格のカツェン派女子が黙らせる。そして魔法を発動させる気配を感じる。

「計画通りヴィーガン、あなたを始末するわね」

 地面が揺れる気配を感じて跳躍した瞬間、土の拳が自分を襲う。その瞬間畳みかけるように数条の矢が一度に襲い掛かった。その間に魔法の檻に閉じ籠められ、完全に周りを包囲されていた。

「流石のあなたも、一方的に攻撃され続けたらどうしようもないんじゃない?」

 その間にも多種多様な魔法が降り注ぎ続け、徐々に体力を削られていく。数の利というのは恐ろしく、向こうはダメージを与えたとしても回復する余裕があるのに対して、自分は攻撃を防ぐのに精いっぱいで有効打を入れられない。

「もうそろそろ終わりかしら?」

 これで終わらせるためだろう。溜めのある魔法を使う気配がした。――その時を待っていた。わずかに檻への注意力が鈍る。

「作戦は良かったと思うけど」

 この隙に敵の四方に木の根を出す。ただの根ではない。棘の大量についた、相手を拘束するための根だ。逃げようにもいきなり四方から伸びてきたので逃げられるはずもなく、大技を使おうとしていたタイミングだったので咄嗟に回避行動もとれず、大体の敵はそれで終わった。

「舐めるなよ!」

 リーダー格の女子は見事だった。自分の身体ごと小さな爆風で木を焼き飛ばし、その勢いのまま、こちらに飛んできた。炎の手刀を手に纏わせて。火力も申し分なく、動きも流麗で淀みないが、

「遅い」

相手に応じる形で腹から殴りつけたことが決定打となって気絶した。


 その後二十分ほどかけて敵を一掃した。人数は多かったが雑魚だったのであまり苦労せず終わり、とりあえず中庭に敵を捕縛して放り出して放置だ。

「ヴィーガン!」

 ダコンの声だった。何人か仲間も連れている。体のあちこちに傷があり、複数個所から出血していてかなりの重傷だ。おそらく交戦中に劣勢になって逃げてきたのだろう。

「待ってたぞ。学校の方で気配が静まったから、もしかしてヴィーガンが帰ってきたんじゃないかと思ってな」

「状況は?」

「かなり悪いぞ、言っておくがカツェンは確実に目的を達成する。里のめぼしい施設は襲撃を受けて、必要なものを略奪された」

「あいつらほんとに逃亡する気なんだな」

 十五、六の年で、果たして何を当てにするのだろうか。楽園だのなんだのとほざいているが、そんな楽に逃げられるのなら今まで逃げようとした奴らが苦労するはずもない。

「大人も結構裏切ってるからな、多分海外にコネがある人間が何らかの手はずをつけているんだろう。アイク、チセン、キリュー、テリウが既に死んだ」

 事態が悪化していたことは分かってはいたが、こうも仲間がぱたぱたと死んでいくのは、たとえ死が身近にあったとしてもきつい。

「僕は他のところに向かう。負傷しているとはいえ、拘束してるからお前らだけでもなんとかなる」

 自分が、反乱を止めるという本来の目的以外の何かで突き動かされていると気づいていた。その何かは考えず。

「死ぬなよ」

ダコンから一言。

 そんな簡単に死んでたまるかよ。それすら返すのもめんどくさくなってすぐに飛び立つ。

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