任務
さて、ほとんど命令とはいえ依頼された以上、いくら面倒でやりたくなくとも行かねばならない。
フラーデベルも内心そう思っているだろうが、生憎とこの人はそういうことを口に出すのを嫌う節がある。そして僕がめんどくさいと思うのを諫める担当である。
「はいはい、文句言わないで行くわよ」
「ホントめんどくさいな。だって分かってるだろ、こんなの事務仕事にすら入らないでしょ」
「どうせやらなきゃいけないなら、早く片付けちゃいましょ。そうした方が心も早く楽になるわ」
相変わらず正論ばかり言ってくるが、至極まっとうなのが本当に、なんというか。
心を刺すとまではいかないが……。的確すぎて頭が上がらないというか。
「ほら、行きましょう。夕飯が食べられる頃に戻れた方がヴィーガンも良いでしょう?」
これといったものもない里では食事は立派な娯楽だ。手早く調理なしで食べられる食料もあるが、どう表現しようとまずいので好き好んで食べたいわけではない。
そろそろ腹を括り口笛を吹いて、炎の鳥を呼ぶ。上空は冷えるので空気の繭を魔法で創りだして保温する。そうしなければ吹き付ける風で凍え死ぬ。
ただ上空まで来ると、寒いとかいう概念を
どこかに忘れて空の美しさが勝る。空の青、雲の白、森の緑。これらの均衡は美しく、他の何にも代えられない三次元のキャンパス。
空はなんて自由なんだろう。
そうやって物思いに更けている間に目的地が近づいてきた。事前に支給された、特殊な加工が施された地図を使って地形を確認する。
討伐対象の個体を識別し損ねて間違えてはいけないので現場の確認は欠かせない。今回は普段から討伐対象になる個体だからすぐに把握できたが。
「この辺は渓谷だな。下手に地上に降りて上から攻撃されても面倒だし、上にいる個体から攻撃するか」
「そうね、思ったより固まっているわね。とりあえず渓谷上の二体、討伐したら一気に下の群れに攻撃しましょう。二手に分かれていいわよね?」
双眼鏡で群れを観察すると確かにそうなっている。二体は分散しているので二手の方が効率よく終わる。
「遅い方が今日の料理当番な」
「乗ったわ」
ドスラジスを刺激しないように慎重に地上に降りていく。目標を双眼鏡で視認可能な範囲に着陸した。
さてと。
今回は速さが勝負だ。万が一気づかれて仲間に警告されようものなら元も子もない。ドスラジスは
皮の色は黒。喉袋が発達していて怒ると山の向こうまで聞こえるという伝承の、けたたましい鳴き声を出すこともあるから、早く仕留めなければいけない。
この位置から打つか。魔法なら近くに寄らなくても片付けられる。
手に雷を纏わせる。雷は速さがピカイチなので今回にうってつけだ。その雷を槍の形に変える。後はこの魔法を加速させるだけ。魔法もそのままでは相手に有効ではない。魔法の状態をこちらで変質させることで初めて強い魔法となるのである。
今回は一本の線のように雷を使う。貫通力を高めて脳そのものを破壊する作戦だ。
双眼鏡ごしに、ドスラジスの構造を視る。この位置から体の脆いところを把握するのは難しいが、何となくは分かった。
雷を極限まで細くして、
ヒュン。
ハープのような音が森を抜けたのち、雷の線条がドスラジスの脳天を貫通した。
即死だろう。もはや確認するまでもなかったが、死体の回収をする必要があったのですぐに駆け寄った。使えそうな素材をナイフで捌いているとフラーデベルが来た。
血の付いた瑠璃の刃に刺さっているドスラジスの首。髪留めの水晶にもうっすらと、血がはねている。髪の色でもある硝子を操るのが彼女の魔法だ。腕に硝子の籠手とそれに付随する刃がついていた。そのどちらにも、深紅の液体。彼女は見かけによらず武闘派なのである。
「終わった。私の方が早かったわ」
「お疲れ。僕の方がさっさと仕留めたよ」
「そんなの分からないじゃない。……下の個体を多く仕留めた方にしましょうか」
頷きながら崖の方へと向かう。
ダガーを取り出して崖の上に立つ。崖の下には八体のドスラジス。合図は一回のアイコンタクト。それだけですべて伝わった。
お互いに、崖から飛び降りる。普通に飛び降りたら死ぬので、地上に近づいたところで魔法の力で慣性を落としながらドスラジスの脳天に刃を突き立てた。
瑠璃と鋼鉄が紅に染まる。
それが合図だった。
一瞬何が起こったのか理解できないようで、呆然と立ち尽くすドスラジス。それを待ってやる義理はない。ボケっとしている間に喉笛を切り裂きまた一体倒す。
相手もようやく状況を理解したみたいだがもう止められない。
喉笛を切り裂いた勢いで回転し、背後から襲いかかろうとするより早く首に刺して貫通。そのまま力任せにダガーを横に引いた。まず首に刺すのは至難の業だし、こんな乱雑な使い方をしたら首より先にダガーが折れるがそんな気配はない。この前見つけてきたものだが、やはりこのダガーの品質は良い。目に狂いはなかった。
既に群れの半分近くが討伐されたが、まだドスラジスは諦めるつもりはないらしい。だが、もう終わりだ。
地面から四本の透明な木の根が生えてきて、ドスラジスの体は分断された。
「こういうのって後始末が大変なのよね」
「そうだね、色々と」
なんせこれだけ派手にやったのだ。体中に血は跳ねているし、死体は十体分もあるし、それらすべてを捌かなければいけない。
地面から生えている透明な木の材質は硝子だ。これはフラーデベルの魔法。飛び降りながら地面に魔法が発動するように細工を仕掛けておいたのだ。
彼女は大掛かりなことが好きで、よくこのような手法を用いていた。
そういう大掛かりな魔法は後片付けがそれなりに大変なので、フラーデベルは必死になって後始末をしている。
さて、
「こいつら、なんか変だよな」
「そうね」
というのも、本来のドスラジスはそこまで凶暴な魔獣でもない。仲間が数体倒されてもなお突っ込んでくるような凶暴な獣ではない。通常はもっと臆病で、群れが散散(ちりぢり)になっている所だ。
何となく血の気も荒い。
「眼球の部分がすごく充血しているわね。体の温もりがまだ抜けないし」
「調べますか」
とりあえず、簡単な薬物反応キットを使いながら体内に混入されている異物を見つける魔法をかける。
同時に体内の様子を視る。先の二つはおまけで、こちらが本命だ。
自分の天覚は、物体の本質を掘り下げ、把握すること。対象範囲は現実に存在するもの。本質を掘り下げるというのはかなりアバウトな能力だが、その分応用できる範囲も広い。戦闘、戦闘支援、索敵、諜報、追跡など有用な分野は多岐にわたる。精度は自分が捉え方を間違えない限り百パーセントである。
数分経ち、全容をおおよそ把握した。
「こいつ、カツェンの天覚の対象になってんな」
「『
従魔萬体はカツェンが有する天覚。ざっくりいうと魔獣を自分の使い魔として従えられる能力だ。
「多分」
なにかめんどくさいことになっている気がする。この依頼を持ちかけたあの教員はかなり怪しい。この魔獣が本当に従魔萬体の対象なのなら、魔獣が暴れていたのかに疑問を抱かざるを得ない。
「なんかきな臭いわね……」
同意見だった。カツェンの嫌がらせだろうか。だとしたら冗談では済まされない。客観的にカツェンがやったことが証明されれば、おそらく三日くらいは捕まるだろう。
……血迷ったのだろうか。
その刹那、
「ヴィーガン、大変だ!」
緊迫したヨーデルの声。脳に直接流れ込んでくる。
「カツェンたちが他の生徒を攻撃し始めた!」
それはつまり、
「カツェン一派による反乱だ!」
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